その日、任務を終えたふみは、最近新しく出来たクレープ屋さんへとやって来ていた。

食べる事が大好きなふみは、沢山あるメニューを見てキラキラと瞳を輝かせ悩みに悩むと目の前にあった“大盛りチョコバナナクレープホイップ多め”を注文した。

「大盛りのため少々、お時間頂きますが宜しいでしょうか?」と言う店員にふみは、コクリと頷いた。

出来上がりを待っている間、暇潰しに本でも読んで時間を潰そうと思ったふみは片割れとお揃いの黒い外套の内ポケットから小説を取り出し読みかけである頁を開いた、その時だった。

ブルブルと震え出すポケットに仕舞われた携帯にふみは、本を持つ手とは反対の手で携帯を取り出し画面を見ないまま通話ボタンを押した。


だが、ふみは表示せずに電話に出た事を後悔する事になる。




通話相手だったのが苦手な太宰であり、その太宰が訳のわからない事を言い出した挙句に「芥川くんは、私を慕ってくれているのに」発言。

常日頃から自身の大切な片割れである龍之介が「太宰さんが、太宰さんへ、太宰さんに」と太宰さん太宰さんと言い、それ以外には人虎殺すと口に出す。

ふみにとって大切な片割れが取られてしまった気分になり、それ故に太宰の口から出た発言にふみはイラつき、通話を無理矢理にブチッと切ったのであった。

ふみは、携帯を外套のポケットに仕舞うと先程、注文したクレープを受け取り少し離れた先にあるベンチへと向かうと腰をかけた。


大盛りと言うだけにクレープの生地はデカく、中身は沢山詰まっているクレープにふみは、先程の太宰の発言など忘れ、目を輝かせるとパクリと一口噛り付いた。


『美味しい』


ふみは、ひとり小さく呟くと先程の事を思い出した。


携帯から聞こえる太宰の声とその向こうから聞こえて来た鏡花と人虎の声にふみ、久しぶりに鏡花の声を聴いたと思った。


ふみは約半年程、ポートマフィア首領の名により任務で横浜の地を離れていた。

ちょくちょく片割れや銀と連絡を取り合ってはいたものの姿が見えないという事にふみは、不安を感じていた。
そんな不安が的中してしまい妹の銀と樋口から龍之介が意識不明になったと聞いた時は、目の前が真っ暗になりこの世の終わりを迎えたとさえ思った。

ふみは、すぐさま飛んで帰りたかったが首領に「最後まで任務を遂行する様に」と言われ、ふみは命令通りにするしかなった。
ふみが任務から帰還し横浜の地を踏んだ時には、龍之介は意識を取り戻し、横浜の街は組合《ギルド》から守られた後であった。

そして、任務から帰還したふみはポートマフィア幹部・尾崎紅葉より“鏡花がポートマフィアを抜けた”と聞かされたのである。
驚くふみに尾崎は「探偵社の人虎がな、鏡花を光の世界へと連れ出したのじゃ」と少し寂しそうな顔をしながら言っていたのを覚えている。



『人虎…』



ポツリと呟いた。


人虎は大切な片割れである龍之介を意識不明の重体にまで追い込んだ人物であり、毎日の様に横浜の街を歩くふみの目の前に現れては、「好きです」「此れは、運命ですね{emj_ip_0792}お付き合いを前提に一緒になりましょう{emj_ip_0792}僕、料理頑張りますから{emj_ip_0792}」と猛アタックからの|付き纏い《ストーキング》にふみは、敦を好いてはいなかった。

だが、敦はそれでもふみに猛アタックし最近では「彼処のお店が美味しいんですよ。行きましょう{emj_ip_0792}」や「シュークリーム食べませんか?買って来たので{emj_ip_0792}」と食べる事が好きなふみを食べ物で釣っては、ふみを丸め込み共にいる時間を作り出していた。


『鬱陶しい。目の前から消えろ。死ね人虎』


普通の人ならそう言うと傷付き、付き纏うのをやめるのに何度、敦にそう言っても敦は「もう、ふみさんたら照れちゃって」と笑うばかりで一度も怒りはしなかった。



『(そんな人虎だから…鏡花を光の世界に連れ出せたのだろうか…)』



ふみ自身も幼くしてポートマフィアで入り人を殺める鏡花を目に掛けていた。
本当は、幼い子に殺しなどさない方が良いのだがポートマフィアに拾われた以上、無理だと分かっていた。
本当は、光の世界に連れて行った方が良かったのだが自分では無理だとふみは分かっていた、だからこそ自身と共の任務の時は、少しでも幼な子の手を汚さなくていい様にと考えていた。


“自分は、鏡花を光の世界に連れて行く事が出来なかった。
だが、それをやってのけた人虎は……”




『やっぱり好かぬ……。』




此れは、唯の嫉妬。



自分が出来ない事をやってのけた敦への嫉妬心が今のふみの心にはあった。






そんな時だった。
茫然とするふみのクレープを持つ手を掴む人物が居た。

ふみは、突然の事に驚きその人物を素早く見るとふみが今嫉妬していた相手である敦が笑みを浮かべながらふみのクレープを持つ手を掴んでいた。

敦は、そのままふみの手にあるクレープをパクリと一口食べると「美味しいですね」と微笑んだ




その瞬間。





クレープを持っていない反対の手でふみは敦の右頬にフックを叩き込んだ。


敦「痛ぁぁぁぁぁっ{emj_ip_0792}何でですかふみさん{emj_ip_0792}」


『私のクレープを食べたのと気安く触れたからな。』


敦「ふみさんの食べかけクレープ美味しかったですよ{emj_ip_0792}もがっ{emj_ip_0793}」


『右だけでなく左も腫れた方が均等になるか…』


食べ掛けのクレープを無理矢理敦の口に突っ込み、敦の胸倉を掴むと再び拳を構えるふみに「待て待て待て{emj_ip_0792}待ちたまえ{emj_ip_0792}」とふみの苦手な人物がふみの手を掴んだ。

ふみは、振り返りその人物を瞳に映すと酷く嫌そうな顔をした。


『触らないでください、太宰さん。』


太「ふみちゃんが敦くんの胸倉を掴む手を離してくれたら離すよって痛ッ{emj_ip_0792}

ふみちゃん痛いッ{emj_ip_0792}脛{emj_ip_0792}脛蹴らないで{emj_ip_0792}」


『離してください』


ゲシゲシッと無表情で此れでもかと言う程、太宰の足を蹴り続けるふみに太宰は、「分かったから!」と言うとふみの手を離した。
自身から離れた太宰を確認するとふみも敦の胸倉から手を離し、敦をポイッと地面に掘り投げた。


太「相変わらず…女の子なのに乱暴だね。」


太宰が言ったその言葉にふみは眉を寄せる不機嫌そうな表情を見せると『強く無ければ役に立たないと仰ったの何方でしたかね。』と言った。
その言葉に太宰は目を丸くさせふみの名を呼ぼうとしたのだが太宰が呼ぶより先に「ふみっ{emj_ip_0792}」とふみの名を呼ぶ人物が居た。

名を呼ばれたふみは声の方へと視線を向けると其処には、赤い着物の袖を揺らした藍色の髪を二つに括った少女、ふみが気に掛けていた泉鏡花が立っていた。

鏡花は、ふみの姿を確認すると勢いよくふみに駆け寄り抱きつき、そのふみの豊満な胸に顔を埋めた。
突然の事に戸惑ったがぎゅっと回された腕が微かに震えている事に気がついたふみは振り払う事はせず、自身より小さく震える身体に手を回し落ち着かせる様に撫でた。


鏡「ふみ…」


『あぁ』


鏡「ふみ、会いたかった」


『そうか。』


鏡「私…わた、し…」


『鏡花』


震える声でふみの名を呼び、一生懸命言葉を紡ごうとする鏡花にふみは、鏡花の名を呼んだ。

名を呼ばれた鏡花は、ゆっくりふみの豊満な胸から顔を上げると黒真珠の様な美しいふみの瞳と視線が合わさった。



『善かったな』


鏡「{emj_ip_0793}」


その一言を聞いただけで、鏡花の瞳から一筋の涙が頬を伝った。

流れる涙を隠す様に鏡花は、再びふみの豊満な胸に顔を埋めた。


鏡「ふみが…ずっと私を守ってくれたから…」


『守れてなどおらぬ。
私に出来たのは、私がいる時ぐらい鏡花の手を汚さない様にするだけのその場凌ぎだけだ』


そう言いながら自身の目の前で太宰と共にふみと鏡花を見守る敦へと視線を向けた。

優しく2人を見つめ、ふみと目が合うと嬉しそうに微笑む敦にふみは胸が苦しくなる様な気がしてふいっと目を逸らした。
それと同時に自分には鏡花を助ける事が出来なかった、それを敦はやってのけたと言う嫉妬心が込み上げてくるのが自分でも分かったふみは、鏡花を抱きしめる手に少し力を込めた。


鏡「話したい事がいっぱいある…」


“時間ある?”とふみの胸から顔を上げ尋ねる鏡花にふみは「夕刻迄なら」と言うと鏡花は嬉しそうに小さく笑った。


場所を武装探偵社御用達の店である喫茶・うずまきへと移し、敦と太宰はカウンターへ座り、鏡花とふみはテーブル席へと座るとそれぞれ飲み物を注文した。


鏡「ふみに会えて嬉しい」


『あぁ、私も鏡花が元気そうで嬉しい』


そう言うと小さく微笑むふみにカウンターに座っていた敦は自身の携帯を取り出すとパシャパシャとふみの写真を連写し始めた。


隣の太宰は、若干引き気味である。


鏡「ふみ、凄い写真撮られているけど…」


『鏡花は、この様に変態行為を受けていないか?』


ふみは、鏡花に尋ねながら置いてあったメニュー表を手に取りブンッ{emj_ip_0792}と投げると上手い事、メニュー表をが開き敦と太宰の顔面にバンッと音を立ててクリーンヒットした。
太「なんで私まで{emj_ip_0793}」と痛む顔を押さえながら喚く太宰をふみは無視をした。


鏡「平気。何もない。」


『そうか、私は毎日この様に|付き纏い《ストーカー》行為に変態行為を受けている。』


はぁ…っと溜息を吐くふみに鏡花は、敦に視線を移すと「ふみが困ってるからやめてあげて」と言うと敦は、ふみに投げられたメニューを片手に「ふみさんは照れてるだけだから」と頬を膨らましながら鏡花に答えた。


鏡「でも、ふみが困っている事に変わりは無い。」


敦「鏡花ちゃんには関係ない。」


鏡「ふみは、私の大切な人。
ふみを困らせるなら幾ら貴方でも許さない。

ふみから離れて。」


敦「ふみさんは、僕にとって運命の人で添い遂げたい人なの。

鏡花ちゃんこそ、ふみさん離れしなよ。」


普段は兄妹の様に仲の良い2人の間にバチバチと火花が散り、そんな2人を太宰は目を丸くしながらハラハラと見守っているのに対してふみは、隣の席からメニューを拝借すると一通り目を通し『すいません、ケーキセットひとつ。太宰さんのツケで』とケーキセットを注文した。


太「ちょっ{emj_ip_0793}ふみちゃん{emj_ip_0793}何で私のツケ{emj_ip_0793}」


そんな太宰の声など無視してふみは、再び店員を呼ぶと『すいません。やっぱりケーキセット5つ、太宰さんのツケで』と更に注文数を増やした。


太「ふみちゃん、本当…私の事嫌いだよね…」


めそめそと泣き真似をする太宰をふみは、鼻で遇らうと『中原さんが"太宰御用達の店なら好きなだけ太宰のツケで飲み食いしてやれ”と言っておられましたので』と言った。


太「中也め…っ覚えていたまえ…」


ぶるぶると怒りに震える太宰を無視してふみは、目の前にいる鏡花に『探偵社の仕事は、どうだ?』と問い掛けた。
鏡花は、少し目を伏せると頬を染めながら「楽しい…」と呟いた。

ふみは、楽しそうな表情の鏡花を見て『そうか。善かったな』と言った。


『探偵社の皆や人虎、特に人虎に何かされたり言われたりしたら私に言え。
直ぐに如何にかしてやる、特に人虎をな。』


敦「はい{emj_ip_0792}ふみさんが好きで愛しくて仕方ない時はどうしたら良いですか{emj_ip_0792}」

手を挙げ、真剣な表情で言う敦にふみは、ミルクティーを飲みながら『臓物散りばめながら死ね人虎。太宰さんと共に』と顔色ひとつ変えずに言うと太宰から「だからなんで私も{emj_ip_0793}」とツッコミが入った。


鏡「大丈夫。みんな優しい…だから、安心して」


『……そうか…なら、良い』


今度は、ふみが鏡花から視線を逸らしジッと手に持ったミルクティーを見つめた。


鏡「……私は、ふみに守られていた。」



『守ってなどおらぬ。
ただ、私は思った事を行動し言葉にしただけだ。』


ふみの言葉に鏡花は、否定するように首を横に振った。


鏡「守ってくれていた。





“幼子がこの様な事をしなくて良い。私がいる時は私に任せよ”……あの言葉に私は、少なからず救われた。


ありがとう。」



頭を下げる鏡花にふみは、気まずそうに視線を逸らし『私は、結局…何も出来なかった』と呟いた。


『本当は、光の世界連れて行ってやらねばならなかっただろう。

だが、私は自分の力が鏡花を連れ出すに至らない事を分かっていた。


だから、私は私の手の届く範囲の時でしか鏡花を守る事が出来なかった。


私は感謝されるべき人物では無い。


鏡花、貴様が感謝すべきは身体を張って連れ出してくれた人虎にしろ。



まぁ、龍之介を意識不明の重体に追い込んだ人虎を私は許しはせぬがな。』



ぷいっと顔を逸らす子供の様なふみを見て太宰は、小さく笑みを浮かべた。


鏡「……うん。ふみ、ありがとう。」


『………』



鏡花の言葉にふみは、そっぽを向いたままだった。











その後、鏡花と会話を楽しんだふみは、喫茶店の壁に掛けられた時計を見て、立ち上がった。
「もう、帰るのかい?」と言う太宰にふみは、『帰ります。報告書を書かねばならないのと夕餉の買い出しがあります故に』と言うと財布から一万円を取り出し、カウンターに置いた。


『ご馳走様でした、ケーキ美味しかったです。
お釣り要らないので鏡花にでも美味しい物を食べさせてあげてください。』


ふみは、そう言うと喫茶店の扉に手を掛けた。



鏡「ふみっ…{emj_ip_0792}」


『なんだ』


名前を呼ばれたふみは、扉に手を掛けたまま首だけ振り向いた。
そこには、頬を染めながらもじもじとする鏡花にふみは首を傾げると鏡花は恥ずかしそうに口を開いた。


鏡「また…お話したい…」


恥ずかしそうに言う鏡花にふみは、小さく微笑むと『いつでも』と言いふみは喫茶店を出て行った。


太「何だかんだと言いつつ、お金を払う素直な子なんだよね。」


ぼそりと呟く太宰にカウンターに座っていた敦は立ち上がりお金を支払うと「ふみさんを途中まで送って来ます{emj_ip_0792}」と走って行った。
そんな敦の背中を太宰と鏡花は、見送ると「いつか…ふみも光の世界に…」と呟く鏡花に太宰は、微笑んだ。



太「大丈夫。





敦くんなら…ふみちゃんの闇を照らせるさ」











敦「ふみさぁぁんっ{emj_ip_0792}」


『……何だ、まだ何かあるのか』


振り返り怪訝そうな顔をするふみに敦は、微笑み「いつもふみさんが通る公園お送りしますよ」と言うとふみは嫌そうな顔をしながら『要らぬ』と断ったが敦は、無理矢理ふみの手を掴むと歩き出した。
歩きながらも手を離そうとぶんぶんと上下に振るが離れない手にふみは、眉を寄せ溜息を吐き諦めた。


諦め大人しくなったふみに敦は、笑うと「鏡花ちゃん、ふみさんに会えて嬉しそうでした。」と先程の事を話し始め、ふみは敦の言葉に特に反応する事無く大人しく手を繋いだまま歩いていた。


あっという間に2人は、いつも敦が待ち伏せしている公園へと辿り着くと敦は名残惜しそうにふみの手を離した。


敦「ふみさん、気をつけてお帰りくださいね。」


そう行って少し寂しそうに微笑み手を振る敦をふみは、じっと数秒見つめた後、背を向け歩き出そうとしたのだが数本歩いてピタリと足を止めた。


突然、止まったふみに敦は不思議そうに首を傾げ、ふみは再び敦に向き直った。

向き直ったふみは、視線を落とし何処か寂しそうに見え悲しそうにも見えた。


敦「ふみさん…?」


“どうかしましたか?”と敦が尋ねようとした時、ふみが『ありがとう』と呟いた。


敦「えっ?」


『鏡花があんなに楽しそうなのを初めて見た。


矢張り所詮、私のしていた事は、その場凌ぎでしかなかった事も分かった。

だからこそ、不本意だが貴様が鏡花を連れ出してくれて安堵している。




感謝する。ありがとう人虎』




そう言うと小さく微笑むふみに敦は自身の胸がとくんっと音を立てたのが分かった。


敦「………鏡花ちゃんが言ってた通りだ……」


『鏡花が…?』


不思議そうに首を傾げるふみに敦は頷いた。


敦「ふみさんの事が優しくて、大好きなんだとっ鏡花ちゃんが言ってたんです。




それは、きっと優しいふみさんの想いが鏡花ちゃんに伝わっていたから鏡花ちゃんは、そう思っているんだと思います。」



“無論、僕も優しいふみさんが大好きですよ{emj_ip_0792}”


ふみは敦の何度目か分からない愛の告白に眉を寄せると『貴様に優しくした覚えはない』と言うと敦は「優しいですよ{emj_ip_0792}殺すや死ねって言うけど実際に殺そうとしないところとか{emj_ip_0792}」と笑顔で答えた。


『貴様がしぶといだけであろう』


ふみは、笑顔の敦からフンッと鼻を鳴らし顔を逸らすと敦に背を向け歩き出したのだった。