雨が降っていた。
目の前で飛び散る血と血だらけの体に容赦無く降り続く雨に目を見開き震える声で名を呼んだ。
だが、其奴は名前に反応する事は無かった。
数週間前から横浜の街を騒がせる奇妙な事件が起きていた。
それは、失踪事件であった。
しかも、奇妙なのは失踪した全員が見目麗しい美男子と言う事であり、今までは軍警が捜査をしていたのだが全くもって犯人も手掛かりも見つけられず、困りに困った軍警は、武装探偵社へ犯人の追跡と行方不明者の居場所の捜索依頼をお願いしたのであった。
同じくポートマフィア内でもこの奇妙な事件の話は広まっており、そしてポートマフィア内では黒服の数人が行方不明になると言う被害迄出ていた。
この事態にポートマフィア首領・森鴎外は、遊撃部隊に所属する隠密を得意とする芥川ふみへとこの調査を命じていたのだが、此方も調査が難航していたのであった。
日々、増え続ける行方不明者に此れではいけないと考えた武装探偵社社長・福沢諭吉とポートマフィア首領・森鴎外は停戦状態と言う事もあり、互いに捜索の協定を結ぶ事に決めたのだった。
『だからと言って何故貴様となんだ』
「運命ですね{emj_ip_0792}」
探偵社とポートマフィアから1名ずつ選び合計2名で捜査をする事になったのだが、ポートマフィアからは以前から首領により今回の怪奇事件を捜査する様に命じられていた芥川ふみが…武装探偵社からは「ふみちゃんが捜査に出るならうちから敦くんを出せば良いじゃないか」と言う太宰のいらない言葉により敦がふみと共に調査をする事になった。
この世の終わりかと言う様に死んだ魚の様な目をするふみに対して敦はニコニコと笑うとふみの手を取り「行きましょう」と歩き始め、ふみは嫌そうな顔をしながらも“任務の為だ”と自身に言い聞かせると敦の手を振り払い足を踏み出した。
『被害者は、全員男。美男子と呼ばれる分類か…』
調査をしならがら被害者の写真と資料を照らし合わせる様に確認するふみの隣で敦も同じく探偵社で纏めた資料に目を通していた。
敦「男性ばかりと言うのが気になりますね…」
“男性を如何にか出来るぐらいなら…犯人は男性でしょうか?”
資料を読みながらそう言う敦にふみは、『もし、異能者であれば女性が主犯でもおかしくは無い』と答えると敦は、ふみに視線を向けた。
敦「気になっていたんですがふみさんはいつもこの様な仕事をしているんですか?」
不思議そうに尋ねる敦にふみは、資料を読みながら口を開いた。
『私は、龍之介と同じく遊撃隊に所属しているが私の仕事は龍之介とは少し違う。
基本、首領や上司である中原さんに命じられた通りの任務をこなすのが私の仕事だが、稀に人探しやマフィアの人間が関わっている事件なども調査する。
ポートマフィアは、横浜の闇組織の頂点…。
闇の世界の秩序を守るのも
また、頂点に君臨する組織の使命だからな』
そう淡々と言ってのけたふみの横顔を敦は、じっと見つめ、そんな敦に気がついたふみは溜息を吐くと持っていた資料で敦の顔面をバシンッと叩いた。
敦「痛いです{emj_ip_0792}」
『人の顔を阿保面で見つめるからだ、この愚者め』
ふみは、ふんっと鼻を鳴らしそっぽを向くとポケットから携帯を取り出し時間を確認した。
『黄昏時までまだ、時間があるな』
そう呟くふみに敦は、先程ふみに叩かれた顔面を手で覆いながら「何か食べにいきますか?」と問いかけた。
ふみは、少し考え込むとコクリと縦に首を振り頷くと敦はニコッとふみに優しい笑みを浮かべふみの手を取り「では、行きましょう。ふみさん」と言った。
ふみは、繋がれた手を見つめると振り払おうと思ったが何故か振り払えず、大人しくそのまま敦について行ったのだった。
数時間後、腹拵えを済ませた敦とふみは人気の少ない港を歩いていた。
2人が歩くその場所は普段から使われておらず錆びれた倉庫や廃墟が多くある場所であり『この場所は悪行を働く者にとっては隠れ易く、また、入り組んでいる為追っ手に追われても撒きやすい場所である』と敦にふみが説明すると敦は、納得した様に「へぇー」と言った。
『雲行きも怪しくなって来たな…夕立が来るかもしれぬ』
雲の流れが早い空を見上げながらふみがポツリと呟いた。
敦「そうですね、あまりふみさんと離れたくないのですが仕方がありません…。
二手に分かれて倉庫を見て回りましょうか」
敦の提案にふみは、コクリと縦に顔を振り『1時間後。何も無ければ再び此処に集合、何かあれば連絡しろ。番号は……教えずともどうせ知っているのであろう』と言うと敦は自信満々に「太宰さんに教えて頂きましたから{emj_ip_0792}」と笑顔で答え、そんな敦にふみは溜息を吐くと黒い外套を翻し、ゆらゆらとベルトを揺らしながら敦とは反対方向へと歩き始めた。
敦「ふみさん」
『何だ』
名前を呼ばれたふみは、足を止めると背後にいる敦を振り返った。
敦は、真剣な表情でふみを見つめると「ふみさんも何かあったら絶対に連絡してください。」言った。
敦「ふみさんの事は絶対に守りますから」
敦のその一言にふみは、目を逸らし『貴様に守られる程、落ちぶれてなどおらぬ』と敦を冷たく突き離す様に言うとふみは再び外套を揺らしながら歩き出した。
敦「………好きな人を守りたいのは、当たり前でしょう」
小さくなるふみの背中を見つめながら敦はポツリと呟くと、自身もふみとは反対方向へと歩き出した。
ふみと離れてから敦は、怪しそうな寂れた廃墟や倉庫をひとつひとつ確認していたが、此れと言って特に何か怪しい物や人物に出会う事は無かった。
ほぼ、手掛かりの無い失踪事件に敦は溜息を吐くとふみと約束した集合場所に戻ろうとした時であった。
突然、ポツリと自身の頬を濡らした雫に敦はバッと素早く空を見上げた。
見上げた空には雲が太陽を覆っており、ポツリポツリと雨が地面と敦を濡らし、敦は少し困った顔をするとふみの事が心配になりふみの元へ走り出そうとした時であった。
ふっと誰かに見られている気配を感じた敦は、視線を感じる方へと顔を向けると其処には一人の男性が立っていた。
雨が降っているにも関わらず、敦をじっと見つめたまま動かない男に敦は怪訝そうな顔をしたがハッと突如、目を見開き驚いた様な表情を見せ、「貴方は…」と呟き駆け寄ろうとした瞬間…
その男は、人間とは思えぬ素早い動きで敦と間を詰め何かを振りかざして来た。
敦は異変に気がつき素早く異能を発動させ、その“何か”を避けた。
その瞬間、ふわりと匂った香りに敦が顔を歪めていると“何か”は敦の頬を掠め、自身の頬に痛みを感じた敦は咄嗟にじわじわと痛む頬に触れるとぬるりとした液体が自身の頬を伝っているのが分かった。
視界の端でまた動き出した男性に気が付いた敦は、再び素早く反応すると「落ち着いてください!!僕は武装探偵社の人間です!!」と声を掛けたが男に反応は無く、唯、敦に刃を振りかざすばかりであった。
次第に強くなる雨に視界が悪くなり敦の動きが鈍るのに対して、刃を振り上げる男の動きは人間とは思えない程の俊敏さがあり、敦の脳内には“この人は何かがオカシイ”と言う言葉が駆け巡っていた。
(この人は何かがオカシイ…っ、この動き…人間じゃ無いみたいだっ)
異能力者なのかと思った敦だったが、それにしては使用している様に見えず、また目の前の自身を襲う人間に“意志”が感じられないような気がした。
(この人をどうにかしないとっ…)
そう思った瞬間、敦の視界にキラリと光る半透明の糸の様な物が見えたと思った瞬間…。
その半透明の糸は、敦を襲う男にしゅるしゅると巻き付いたかと思うとあっと言う間に男は簀巻きにされてしまった。
目を見開き驚く敦の背後から凛と透き通った声が『人虎』と敦を呼んだ。
『貴様は何をしているのだ』
敦「ふみさん!!」
雨に濡れながら右手で口元を覆いながら眉を寄せ不機嫌そうに問い掛けるふみに敦は、驚いた様に目を見開いた。
敦「如何して此処に…?」
『集合時間は過ぎている。
携帯に連絡をしたが貴様は出ない…となると何か事態が起こった可能性があると判断し確認しに来ただけだ。
そしたら、貴様がこの歪な物と対峙していた』
ふみは、ちらりと簀巻きにされたまま動かず、地面に横たわる男に視線を移すとスッと目を細めた。
『何故、この様な奇妙な物が動いている…』
怪訝そうな瞳で横たわる男を見つめるふみに敦は首を傾げると「奇妙な物って…此の方は行方不明者のリストに載っていた方だと思うのですが…」と口を開いた。
そう、ふみに捕らえられた男に敦は見覚えがあった。
この男は今回、ふみと敦が任された連続失踪事件で複数いる被害者の中の一人であり、渡された資料の中に被害者の写真があったので敦は、その顔を覚えていたのだ。
だから敦は、その男を見た瞬間に驚き目を見開いたのであった。
『確かに、被害者リストに載っていた男だ。
だが、オカシイとは思わないのか?』
“資料では唯の会社員だと記載されていた。なのに人間離れした身体能力”
“そして、私にも分かるぐらいの何とも言えない匂い…”
敦「匂い…?」
確かにこの男と出会った時から何とも言えない匂いが敦の鼻に届いていた。
アルコールや化学薬品が混ざった様な…
例えるならば病院の中にいる様な匂いに敦は、バッと縛られた男を振り返った。
敦「まさか…」
『貴様が如何考えに辿り着いたか分からぬが、アルコールと化学薬品が混じった様な匂い……。
この男は、既に死に遺体に誰かが防腐を施した後の物だ』
冷静に遺体を見つめるふみに対して敦は驚き目を見開く事しか出来なかった。
敦「そんな…さっき動いていましたよ!?」
『あぁ、動いていた。通常ならあり得ない事だ。
だが、この遺体を加工した相手がもし異能者であるなら……』
ふみが言葉を続けようとした瞬間…
「操る事ができちゃうんだなぁー!」
可愛らしいテンションの高そうな知らない女性の声が響き渡った。
敦「『!?』」
敦とふみは自分達以外の声に驚き、素早く反応するとその声の方へと視線を向けた。
其処には、雨に濡れる敦とふみとは異なりニッコリと笑いながら傘を差す薄紅色の髪の女性がが立っていた。
薄紅色の少女の隣には二人の男性が立っており、その二人も敦とふみが読んだ資料の中に載っていた被害者の男性である事が分かった敦とふみは眉を寄せると女へと視線を向けた。
『この者に加工を施したのは貴様か?』
ふみが少女に尋ねると少女は、ふみを見て嫌そうな顔をすると顔を逸らし「私はお姫様だから女の質問に何か答えなーい」等と言い始め、ふみがイライラし始めたのが敦には分かった。
敦「この人を殺したのは君…?」
ふみに代わり敦が尋ねると女は、先程とは打って変わりニッコリと笑みを浮かべると口を開いた。
「そうよ」
敦「如何して殺したんだ!!」
「“如何して?”」
敦の質問に対して女は不思議そうに首を傾げると再び口を開いた。
「かっこいい人は、みーんな私の物なの。
だから、イケメンは私に忠誠を誓う義務があるのよ?
殺したのは私に忠誠を誓う為に当たり前の行為なの」
ニコニコと笑う女に敦とふみは再び眉を寄せた。
『貴様が今回の連続失踪事件の主犯だな。
しかも“自身で殺した死体を操る”異能者か…』
そう呟いたふみに対して女は、笑みを絶やす事なく笑うと「其れが如何したのかしら?」と馬鹿にしたような視線をふみに向けた。
『私は、ポートマフィアの狗。
首領より今回の連続失踪事件の主犯を捕まえよと名を受けている。
故に…』
敦「『捕まえるだけだ/です!!』」
“異能力:月下獣”
“異能力:蜘蛛の糸”
敦とふみは、二人で声を揃えて言うとすぐ様自身達の異能を発動させた。
そんな二人に女は、ニヤリと笑うと両手自身の頬に当てると叫び始めた。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!怖いわぁ!!助けてぇ!!“私の騎士《ナイト》さん達ぃ”〜」
そう言った瞬間、建物の陰から複数の影が飛び出してくるのが分かった敦は、ふみを抱えると素早くその場から飛び退いた。
敦「大丈夫ですか?ふみさん」
自身の腕の中にいるふみに問い掛けるとふみは『馬鹿者!!態々抱えずとも避けれる』と敦を睨みつけたが敦は特に気にすること無くふみを降ろすと二人は、辺りを見渡した。
ずらりと敦とふみを囲むようにして立つ女が呼んだ“騎士《ナイト》さん達”は、皆、資料に載っていた行方不明者であった。
雨の湿気た匂いに混じりアルコールと化学薬品の匂いに顔を顰めると敵は敦とふみに向かい動き始めた。
『人虎、不本意だが貴様と共同戦線だ』
敦「夫婦で初めての共同作業の間違いですよ」
敦の言葉にふみは『貴様、後で覚えていろ』と呟くと迫る敵を自身の異能力:蜘蛛の糸で具現化させた半透明の糸を操られている死体に巻き付けると次々に縛り上げ、その少し先では敦が死体の攻撃を避けながら武器をはたき落としては、投げ飛ばしていた。
「お兄さんもお姉さんもすごーい」
“でも、私の騎士《ナイト》さん達は貴方達より凄いんだから”
ポツリッと少女が呟いた瞬間、ふみの後ろでブチッと何かが千切れる様な音が聞こえた。
『なっ…』
ふみは、すぐ様背後から聞こえた音に振り向くとそこには縛り上げた筈の敵の糸が千切れており、複数の敵の刃《やいば》がふみに迫っていた。
後一歩で刃《やいば》が触れると言うところで何とか避けたふみだったが切れる事など無い強度である筈の自身の異能で作り上げた糸がいとも簡単に千切られた事に驚きを隠せず動揺してしまった。
その時だった。
敦「ふみさん!!うしろ!!
『え…っ?』
敦の言葉にふみは、再び背後を振り向くと自身に敵の刃《やいば》が避けれない位置まで迫っていた。
『あっ……』
“避けれない…このままでは…”
ふみは、近づく刃にぎゅっと目を閉じた瞬間、
ドンッと何かに押され、ドサッとふみは地面に倒れこんだ。
突然の事に痛む身体に目を開けるとふみは、自身の目の前で起こっている光景に驚き目を見開いた。
先程までふみが立っていた場所には、敦がふみに向き合う様に立っていた。
だが、向き合う敦の心臓部分から、血に塗れた銀色の刃《やいば》が突き出ておりじわじわと敦の白いシャツを赤い血で汚していた。
『じ、んこ…っ?』
驚き、目の前の光景に震えながら敦を呼ぶ声に敦は苦しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。
敦「だ、いじょっ…ぶ、です…かっ?」
そう聞く敦の胸からグチャッと刃が引き抜かれ、前に倒れる敦をふみは座り込んだまますぐ様受け止めた。
じわじわと滲み出る敦の血と雨がふみの白いワンピースをじわじわと汚していった。
『あぁっ…血がっ…じ、んこ…血が…っ』
敦「ふみ、さ…ぶじで…」
ぐったりとする敦にふみは、泣き叫ぶ様に声を上げた。
『嫌だっ…死ぬな…っ死ぬな人虎』
叫ぶふみに敵である女は、滑稽だと言う様に声を上げて笑った。
「あはははははははっお兄さんやられちゃったね!!
でも、お兄さん整った顔してるし私の騎士さんにしてあげっ…!?」
女がそう言った瞬間、女の頬に痛みが走った。
よく見るとゆらゆらと敵が使用していたナイフがふみの周りに浮いており、女を狙っている事が分かると女は、ムッとした顔でふみに向かって自身の異能を使い、攻撃の指示を出そうとしたが此方に近づく複数の足音に気がつくと「ちっ」と舌打ちをして騎士達に撤退の指示を出した。
「そのお兄さん、欲しかったのに残念!!」
そう言い残すと女は、ふみと重傷の敦を残し去って行ったのであった。
残されたふみは血だらけの敦を抱きしめ、血が流れ続ける傷口を押さえながら何度も何度も雨の中、敦の名を呼び続けた。
『人虎っ!!しっかりしろ!!
貴様、タフネスが売りでは無いのか!?
いつもの様にしつこいぐらいに私の名を呼んでみろ!!』
雨なのか涙なのか分からないものが頬を伝い、ふみは一生懸命、敦を呼んだが反応は無く、冷えていく敦の身体をふみは必死で抱き締めた。
雨音とは別に聞こえる足音にふみは、ハッとその音の方へと視線を向けると自身の部下である樋口と複数の黒服がふみの元に走って来るのが見えた。
ふみは、被害者の男が敦の元に現れた際にひっそりと樋口に場所を連絡していたのであった。
連絡を受けた樋口は、すぐ様複数の黒服と共にその場所へと訪れたのだが、ふみに抱き締められた血塗れの敦といつもとは違い、冷静さを失っているふみに驚き目を見開いた。
樋「ふみ先輩…一体何がっ?敵は…」
『人虎が私を庇い負傷したっ…樋口、すまないっ緊急で病院に運んでくれ!!
このままでは、人虎が死んでしまう!!』
“頼むっ!!お願いだっ”
必死に頼み込むふみに樋口は、驚きながら「分かりました、後部座席へ運んでください」と言うとふみは『承知した』とすぐ様敦を車の後部座席へと運び入れた。
後部座席に座りながら敦を抱き締めたまま離さないふみを見て樋口は、ふみが泣いている様に感じたのだった。
車の外には、まだ雨が降り続いていた。
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