07
「おはよーございまーす!!」


とりあえずケラケラ笑っとけ


朝の元気な挨拶は、会社の基本だ。
何だかんだで、万事屋で働かせてもらえることになったあたしは、店主の銀さんとの約束の9時、5分前に万事屋の玄関戸をガラリと開いた。

「勝手に開けんなよ、新聞なら要らないネ。とっとと出てくヨロシ。」
「あ、すみません、失礼しましたー・・・って、新聞の勧誘じゃないわ!!」
「あれ?誰アル?お姉さん、銀ちゃんのコレアルか?」

そう言いながら、首を傾げて小指を立てるのは、あたしの目の前に居る小柄な女の子。真っ赤なチャイナ服に身を包み、鮮やかなオレンジ色の髪の毛をして、目はくりくりした可愛らしい少女。
あたしのノリツッコミスキルにはまったく触れないで、まさに今起きました、っていう感じの眠たげな眼をしている。

「んーと。コレ、ではないかな。銀さんは居る?ここ、万事屋で合ってるよね?」
「コレじゃないアルか。じゃあなにネ。答えるヨロシ。銀ちゃんに、知らないヤツは家に入れるなって言われてるヨ。お姉さん誰ネ?」
「あ、名前です。今日から此処で働かせてもらうことになりました。よろしく・・・、って銀さんから聞いてない?」

女の子は、そんな話聞いたような聞いていないような、と眉間に皺を寄せてあたしの身体の上から下まで舐め回すように見てくる。まだ10代半ばくらいの齢の女の子にあたしは完全に圧倒されていた。

「・・・お前なァにやってんの。」

あたしがどうしようか途方に暮れていたら、聞き覚えのある声が聞こえた。
昨日より天然パーマがボサボサしていた。どうやらこの人も寝起きのご様子。自前の銀髪をガシガシ掻きながら、もう片方の手で目の前の女の子の頭をバシッと叩く。

「朝からギャアギャア喚くんじゃねぇよ。昨日言ったろ。この子が今日から働いてもらうことになった、名前。お前ェ人の話ちゃんと聞いとけよ。」

それは紛れもなくあたしのヒーロー。銀さんだった。
廊下を進み、奥の部屋に迎え入れられると、眼鏡を掛けた真面目そうな男の子がせっせと何やら運んでいた。

「あ!初めまして。おはようございます。」

その眼鏡の子が、あたしを見るなり作業しながらも礼儀正しく挨拶をしてくれた。まったくもって普通の対応だけれど、チャイナの女の子と反応が違いすぎて、眼鏡の子がとても良い子に見えた。
朝ごはんらしきものが、横長のテーブルに次々と並んでゆく。どうやら、眼鏡の子は朝ごはんの支度をしているようだ。
そのテーブルを挟むように横長の大きめのソファが向かい合わせに並んでいて、そのソファの傍らでは大っきな白い犬が気持ち良さげに眠っていた。
ていうか、コレ犬なの?犬なのか?
と思うくらいに大きすぎる生き物だった。でもそれは大きさを除けば、紛れもなく可愛らしい犬だった。
動物好きなあたしとしては、もふもふしたい衝動を何とか抑えて、銀さんが座ったソファの隣に腰掛けた。

「はーい。みんな集ごーう。」

おもむろに気怠げな声で銀さんが集合をかける。向かいのソファに眼鏡の子とチャイナの女の子が座った。目の前のテーブルには、朝ごはんがずらっと並び終わっていて、よく見るとお箸もコップもご飯も4人分あって、何だか凄く歓迎されているような気がしてとても嬉しくなった。
良い匂いが鼻をくすぐる中、銀さんが続ける。

「今日から万事屋に新しい従業員が増えましたー。はい、どうぞ。」
「え、どうぞ!?えっ。えーと・・・苗字名前です!よろしくお願いします!」

銀さんのいきなりのパスに慌ててしまったけれど、そこは流石あたし。我ながら元気よく挨拶できたと思う。嫌味のないような笑顔を心掛けたし。
子どもと言っても怒られないくらいの10代半ばであろう、目の前の二人は、あたしを見て同じように笑ってくれた。二人ともなんだか兄妹みたい。見えない所で強く繋がっているような、そんな感じが部屋の空気からでも伝わってくる。

「僕は志村新八です。よろしくお願いします。」
「名前言うアルか。私神楽ヨー。そして、そこに寝てるのが定春。よろしくネ。」

眼鏡の子とチャイナの女の子が続けて挨拶してくれた。眼鏡の子は新八、チャイナの女の子は神楽、そして、大っきな犬は定春と言うらしい。
二人の人懐っこい笑顔のお陰で、緊張で少しだけ固まっていたあたしの心も瞬間にほぐれてしまった。
何だ。二人とも良い子だ。

「じゃ、まあみんな揃ったんでまずは腹ごしらえだな。」
「きゃほーーーい!!」
「いただきまーす!!」

銀さんがお箸を持つと、神楽、続いて新八が意気揚々とご飯を食べ始めた。
それを見てあたしが目を丸くしていると、“食わねェなら俺が食うぞ”、と銀さんが冗談交じりに脅してきたので、あたしも慌ててご飯にお箸をつけた。

うん。美味しい。何だか、まるで家族みたいだ。ほのぼのしてて、暖かくて、今までに味わったことのないような幸福感。
あたしはこれから働くこの居場所を見つめながら、沢庵を口に入れてボリボリと噛み砕いた。

「あ、この沢庵美味しい!」
「それ、貰い物です。下の階のお登勢さんって人からの。」
「お登勢さん?」
「そう。この場所もそのお登勢さんから家賃を払って貸してもらってるんです。」
「へえ〜そうなんだ。またご挨拶しなきゃね。」

万事屋の一員になったからには、万事屋に関わる人たちとも仲良くならなければ。生活が変わると疲れるって言うけれど、今のあたしにはわくわくしか無い。後々、疲れは来るだろうけれど、今は楽しむことにしよう。
あたしは、隣でご飯を掻き込むヒーローを見てクスクス笑った。

「なァに、笑ってんのお前。人の顔見てケラケラ笑わないでくれる?気悪ィんだけど。」
「ケラケラ、って・・・クスクス笑ってるつもりなんですけど。」
「じゃあ、お前のクスクスは世間のケラケラなんだよ。覚えとけ。」
「あはははっ!酷いですねぇ。銀さん。女の笑顔は最高の化粧でしょう?」
「それ、笑顔っつーより・・・」

ご飯に夢中な神楽も、目を点にしている新八も、笑っているあたしを見て、一瞬間を置いて。そしてつられたように笑った。

「あはははっ!なんで、二人とも笑ってんの?」
「な、なんか、アハハッ、つられちゃって。」
「名前の笑い方なんかつられるアルー!」

あたしの笑い方ってつられるような笑い方らしい。二人に言われて初めて気がついたけれど、存外悪い気はしない。笑う門には福来る、って昔の人は良い言葉遺してくれたなぁ。
そうしているうちに、定春がむくりと起きて、ワン!と一声吠えた。びっくりして、あたしたちはまた笑った。


「・・・やっぱケラケラだろ。」






2017.1.25
万事屋、自己紹介の回でした(笑)

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