《ひゃっふー!wwクッパ来てるなーうww》既読2
《え、まじ?wwどこの?ww》既読1
《あれだよ、今日黄瀬が撮影するかもって噂のとこ!》既読1
《え、そこ今日貸切だよね?》既読2
《うん、さっき入ろうとしたら中の人出てきて入店お断りされたwwでもめげずに外で待機なうww》既読2
《熱狂ファン怖いww》既読2
《てか写メってよ!チロルチョコ奢るから!》既読
《中を?wwいや無理ww》既読2
《そこでアンタの追っかけ術が発揮されるんでしょー!私も黄瀬くん見たいー!》既読2
《海常高校行けばサインしてくれるよ!》既読2
《えーでも学校まで押し付けたらマジなファンみたいじゃんwww私そこまでだしww》既読2
《うわー。じゃあもう写メなんかあげないー》既読2
《Σ(゚д゚;)》既読2
《んま、とりあえず私Twitterに移るから現状報告見たかったらTwitterねww》既読2
《黄瀬くんの写真ー!!》既読1
《ちょー、無視やめてよー。チロルチョコ奢るからー》既読1
《てか見てるんなら返事しろっての!》
《もう好きだから!めっちゃ好きだから!黄瀬くん!だからちょーだい!》
《もーーー!》
《あ》既読1
《やっと戻ってきた!無視とかないわー!で、何!?なんかあったの!?》既読1
《ちょ、今さ、中から人出てきてさ女の人だったんだけど…てかwwwさっきあたしのこと追い出した人だwwwwww》既読1
《まじでww黄瀬くんいないの?》既読1
《いや、それが…んー。あの人黄瀬なのかな?わかんない。黄瀬生で見たことあんまないし》既読1
《え、黄瀬くんらしき人いるの!?》既読1
《ぽい人はいるけど…なんか…鞄持ってる。状況わけ分かんないww》既読1
《鞄?黄瀬くん撮影なんだったら外出なくない?》既読1
《やっぱそうかな?じゃあ人違い…?》既読1
《え、それで黄瀬くんだったら嫌だから近く行って確認してよ!へい!》既読1
《おっけー!》既読1
《と、思ったら中入っちゃったwwタイミングwwww》既読1
《うわー役立たず》
《え?ん?》
《え、ちょ、怒った?役立たずじゃないよ!え、もうまたこのパターン?もう嫌だって》
《うー(´-ω-`)》
《激おこ!》
《ごめんってばーー!!》
《……( ゚Д゚)ゴルァ!!》
《もういいもんーっだ!!》







認めよう。確かに私は浮かれていた。
初めてすること見るものに気分が高揚して、ついつい目の前のものしか見えなくなってしまっていたのだ。だからこそ、勢いで頷いてしまった。小鳥の囀りのような柔らかな口調で諭されて、躊躇もせず頷いてしまった。けれど今となってはもう遅い。分かりやすくニヤリと口角を上げる彼を目の前にして、私はフルフルと首を横に振ることしかできなかった。


「今更何スか。もっと肩の力抜かないと」
「よくもそんな余裕のある顔で言ってくれますね何か腹立つ」
「でも頷いたっしょ?」
「いや、だってそれは君が催眠術まがいのことをしたからで!」
「知ってた?催眠術って自己意識が強かったらかからないらしいッスよ」
「だからって…」
「あーもう!往生際が悪いッスよ!簡単なことじゃないッスか!」
「簡単なことなんかじゃない!私の人生と生活がかかってる!」
「…大げさっスよアンタ。ちょっと雑誌に載るだけじゃん」


まるで、ちょっとトマト食べるだけじゃん、なんてことを言うような言い方だ。呆れたように口を小さく開けて息を吐く。そう、やはり彼はきっとそんなノリなのである。ていうか雑誌に載りたい女の子なんて外に出ればいくらでも見つかるだろうし、それこそあたしなんかより可愛い子は沢山いる。時間がないのかもしれないけど、それだったらいっそのこと佐伯先輩を使えばいいじゃあないか。とってもイケメンじゃあないか。
何んで私なんだ。
何がトマトだ。
ちなみに私はトマト嫌いだ。
それも子供の我儘に付き合っているかのようにやれやれと腕を組む仕草が余計に苛々させられる。


「ただのアルバイトなのに……ああ」
「アンタ金ないんスよね」
「そ、そんな直球で言わなくても…!ないですよ!ええ、ないですとも!」
「じゃあ一石二鳥ッスよ。だって謝礼金でるし」
「……謝礼金?」
「うん」
「ちなみにおいくらくらい…?」
「さぁ。まあ5000円くらい?分かんないっスけど」
「やります」

悔しいかな、迷わず即答である。







私はお金に弱い。
お金に目がなくてお金に何より貪欲で、人間にしてもっとも人間らしいとカテゴリ分けされる部類の人間だと、自分でも十分理解してる。ブランドものの服を買うくらいならそのお金で安い服を沢山買いたいし、宝石のピアスを買うくらいならただのプラスチックのキラキラしたピアスでいい。見栄を張ってジャラジャラ宝石を身に纏った人を綺麗だと思ったことはないし、けれどやっぱり羨ましいとは思う。
お金が手に入るならと、家の電気はほとんどつけていないし、夜中だって私の家は基本的に真っ暗だ。勿論節約のために遊びに行くことなんてもってのほかだし、贅沢は敵。それが周りにどう映っていたかなんて今更気になんてしていなかったけれど、はたして今はどうなのだろう。生きるためにがむしゃらになってお金を手に入れようとする人間は、やっぱり、哀れなものなのだろうか。まあ今何を思ったって、この状況はきっと私一人ではどうにもできないのだけれど。


「も、貰っていいんですか…」
「ええ。あら、少ないかしら」
「そ、そんな!むしろ有難いです…ありがとうございます!」
「そう?変わった子ね」


封筒の中には野口さんが5人。
ぱああ…と目の前が明るくなるのが分かる。キラキラとしたフィルターが視界にかけられているような気さえした。
野口さんが5人。野口さんが影分身。野口さんが、野口さんがそんな技を身につけているなんて…!
5000円て、私が必死に働いて貰える給料の約4時間分。4時間働いていたらもちろん色んなことが起きる。急にクレームをつけてくるお客さんだったりとか、何が嬉しいのか私に電話番号を聞いてくるお客さんさんとか、はたまた店内でいちゃつきだすカップルだとか。後者に関しては精神的にくるっていうのもあるけれど、とりあえずこういった動き回る形式の仕事で4時間ぶっ通しで働くってのはそんなに楽なことじゃあない。
それなのに。それなのに、である。
ちょいと恥を捨ててヤケクソになってニッコニコしていたら、5000円ゲットしてしまった。いや、今のは少し言い方が悪かったかもしれない。モデルである黄瀬くんの顔に泥が塗られないように、必死になってニッコニコ笑っていたら、5000円ゲットしてしまった。
勿論モデルさんを本職にしている方々もいるわけだし、モデル業を楽な仕事っていうのは失礼なこかもしれない。モデルさんはモデルさんなりにエステに通ったり健康に気を遣ったり、人間関係でも色々糸を引かないといけないのかもしれない。裏芸能界なんて言葉も浸透してきているくらいだし、決して楽な道ではないかもしれない。
けれどそれを全部引っくるめて、私の知るモデルさんのイメージだけで感想を言うとしたら。


「……モデルってすごい」


ボソリと、本音が無意識に出てしまう。それに反応したのはネクタイを緩めていた黄瀬くんで、「そうッスか?」と僅かに首を傾げて私を見つめていた。


「……すごいよ。だって自分だけが武器なんだから」
「まあ、モデルって自信ないと出来ない仕事ッスしね」
「ほんとに、すごい」


グッと封筒を握りしめる。
くしゃりと影の入った封筒を仕舞おうとした時、「あ、」そういやまだカバンを返してもらっていないことに気がついた。そうだ、カバンだ。あたしが真っ先に優先しないといけないのはお財布と携帯が入ったカバンなのだ。慌てて返せと両手を差し出すと「ああ、はい」と呆気なくカバンは戻ってきた。チャックを開けて、汚れないように封筒を丁寧に仕舞う。大事に使わないと。


「……不本意な展開でしたけど、お礼は言います。ありがとうございました」
「?急にどしたんスか」
「お、お金に関係することにはしっかりとケジメをつけておきたいので。今度何かお礼します」
「いやいいッスよ。俺があげた金でもないし」
「でも!」
「まあ、これはアンタからのお詫びと俺からの復讐ってことで」
「……何言ってんの?」


復讐って何、復讐って。
パチパチと瞬きをしていれば、彼は満足したように口元を綻ばせて背を向ける。いやいや、ちょっと待て。私達初対面だよね、復讐ってなんだ、ほんとになんなんだ。先ほどまでの流れが嘘のように体が強張る。いや待て。しつこいかもしれないけど私が過去に彼に対して何かしでかしたことがあるとしたら、それは相当痛い。すごく痛い。
黄瀬くんとやらは、現役高校生にして、少なからずお店を一人の撮影で貸切にしてしまうほどのデルモさんである。ツーッと静かに一筋の汗が頬を伝った。ヤバイ。ヤヴァイ。何これ予想外すぎるヤブァイ。
最後になんて爆弾を落として行きやがったんだあのモデル…!先ほどとは違う意味で力の入る指にカバンが形を変えている時、トントンと肩を叩かれた。振り返ろうと体の向きを変えた時、視界にゆるいパーマのかかった深い紺青が映った。あ、と声をかける間も無く口元に何かを押しつけられて目を見開く。
え、なに、今度は何、え!?


「むぐぁ!?」
「それ、俺が作った昼飯のパンケーキ。ちなみに期間限定」
「ふむご!?」
「そんなに美味しいの?」
「なにふんですか!もご!おいひいですけど!」
「……きたな」
「な!?」


ゴクリと飲み込んで、急いで口を開けた。何なんだ急に!


「ゴク、あーー!先輩酷くないですかていうか酷いです何なんですか!ちなみに美味しかったです!」
「さっき、しけた顔、してたから」
「はい?」


それだけ言って佐伯先輩は腕まくりをすると、厨房へと足を進めて行った。黄瀬くんといい彼といい、ここ最近出会う方々は何だかおかしな人ばかりである。それにしても、しけた顔って。いつの間にかそんな顔してたのだろうか。ていうか佐伯先輩に見られていただなんて…!


「あの」
「今度は何だ誰だ新たなる刺客か!」
「……違います」
「って、ああ!君は横断歩道の」
「その節はお世話になりました」
「あ、いえいえ、こちらこそそんなご丁寧に」
「名札…名字さん、って言うんですね」
「え、あ、うん。よろしく?」
「こちらこそ」
「えっと…何か?」
「間違ってたらすみません」
「へ?何が?」
「もしかして、誠凛高校だったりしますか」


思わず口を開いたまま体の動きが止まった。


「……君は、」
「申し遅れました。僕は誠凛高校バスケ部、黒子テツヤです」


ぺこりと頭を下げられる。


そんなまさか。

ALICE+