サラサラと風に靡く金色は、まるで宇宙の星を見ているようだった。
おかしい。星を見ているわけがないのに、どうにも目を擦ってもその姿は変わらない。無数の星屑。数えきれない星の数々が、彼の周りを包むように輝いてる姿が、あたしには確かに見えるのだ。同じ制服を着ていても圧倒的なその気品。勉強も成績も何でもトップクラスで、追いつくどころか手を伸ばすことすら烏滸がましい存在。それが、彼だった。
いつも影から覗くように見るあたしは、どうやったってその背中に追い付くことができない。何をどれだけ頑張っても、届かないの。初めは単純な憧れだった。陸上部の友達が「ほんと凄いの天王はるか!」と言って無理矢理見学させてきたあの日は、ただ純粋に天才だと実感して。
天才だと言われていた友達が、本当はただの石ころじゃないかって思ってしまうほどに。宝石のようにキレイと言われている人達が、脇役のように感じてしまうほどに。
それくらい、彼は絶対的な存在だった。

憧れって、あやふやな形だと思う。少し間違えれば嫉妬にもなりうるし、嫌悪にも敵意にも反感だって買う。勿論、恋という形にもあっという間に変化させてしまうのだ。けれど、この恋は初めから未来が見えていた。自分の気持ちに気付きたくなかったと、
どれほど願っただろうか。希望の見えない真っ暗な未来は、どこまでもあたしを絶望のどん底へと追いやって、いつまでもあたしの想いを消させてくれなかった。でも、別に良かった。むしろそれで良い。あたしなんかが彼の隣を歩いたって釣り合うわけがなかったし、彼の隣を歩く人はもういるのだ。元からいらなかった。この恋の先にある希望なんて、あたしにはいらない。


「‥‥行きましょう」
「今回のターゲットは‥‥、」
「はるか。けれど仕方がないことのよ」
「‥‥分かってる」


流れるように目の前を横切ったのは、無限学園で優等生と謳われる二人。思わず追ってしまう背中は――、やっぱり届かない。グッと唇を噛んだ。気を抜いてしまうと、今にも泣き出しそうになってしまう。どうして。別に未来なんて望んじゃいないのに。あたしが彼を勝手に好きなだけで、それだけで十分なのに。どうしてここまで胸が苦しい?どうしてこんなにもあたしは醜い?彼の隣に立つのはあの海王さんなのに。まさに天才。才色兼備に彼女だったら、何にも言うことなんてないのに。
どうして‥‥っ、どうしてあたしは‥‥!


「‥‥っ」


ずるずるとその場に崩れ落ちた。あの二人が見えない何かに強く結ばれているというのは、誰でも分かることだ。この学園に通っているものなら、誰だって。誰もがお似合いだと思ってる。誰もが海王さんじゃないと彼に釣り合わないと分かってる。
その点あたしはどうだ。表面上だけ認めてるふりをして、内心どろどろと醜い嫉妬を露にして。敵うはずの相手を前に何を考えているのだろう。辿り着けないことなんて分かっているのに、あたしはいつだって物分かりが悪い。でも、気付いてしまったから。触れてしまったから。「その傷、大丈夫?」たったそれだけだけど、その一言にあたしは全てを奪われちゃった。だから、せめて、二人を心から祝うことが出来るなら。あたしはきっと変われるのに。


「‥‥馬鹿みたい」


こんな場所に座り込んで何を考えているんだか。ハッと自分を鼻で笑って、立ち上がろうと壁に手を当てる。そのまま足に力を入れた時、ぐにゃりと壁が眩く歪んだ。黒く吸い込まれそうな光を発しながら形を変えていく壁を前に声が出ない。目を見開いて壁から手を離そうとすれば、中から出てきた何かに強く手首を掴まれた。
ヒッ、と心臓を鷲掴みにされたような恐怖が体の奥底から湧き上がってくる。何、これ‥‥!助けを求めようと上半身を捻って振り向いても、下校時刻を過ぎたロビーには人影が見当たらない。人が、いない。

――逃げられないの?その事実に鼻の奥がツンと痛くなった。ゆらゆらと夜をチラつかせるカーテンも、痛いくらいに掴まれる手首も、全てが恐怖を煽る対象にしかならない。じわりと視界が滲んだ時、勢いよく手首を引っ張られたかと思えば、吐きそうになる浮遊感が体を襲う。数秒後、今まで味わったことのないほどの痛みが全身を貫いた。


「‥っ‥‥ぁあ!」


痛みに叫ぶことさえ困難。叩きつけられた壁からは、パラパラと破片が落ちていく音が耳へと直に運ばれる。閉じた目を開けたくなかった。開けてしまえば、見たくない何かを見ないといけない。この痛みも恐怖も、今起きている幻想のようなものを、現実だと想い知らされるような気がして。ズキズキと痛む頭を押さえて、震える唇をぎゅっと結んだ。見たくない。何も見たくない。何よこれ。何であたし、殺されかけてんのよ、何でよ‥‥っ!


「はぁい、はじめましてえ?貴方のその真っ直ぐな恋するピュアな心をいただきまぁす?」


空気を振動して聞こえた声は、直接脳に響き渡る。ドクドクと、まるで全身が心臓になったような感覚だった。死にたくない、まだ死にたくない。こんな最後は嫌だ。せめてあの人に、あの人を、


「っ、‥‥ぁあああぁあぁぁああ!」


自分の意思なく、目が限界まで開いた。心臓を貫かれているような。自分の中の何かが無理矢理引っ張り出されるような。何も考えられない。頭が真っ白になって、ただがむしゃらに叫んだ。そうでもしないと耐えられない。叫んでいないと、全てを目の前の化け物に持っていかれるような気がした。


「おぉお?この輝きはタリスマンですかぁ?カオリナイト様に良いお土産が出来ますぅ?」
「っ!うぁあああ―――ぁ、」


ドクドクドク、ドク。徐々にゆっくりとなる鼓動、すっぽりと抜き取られた何か。途端に目に映るものが灰色になって、自分が額縁の中に入ったかのように頭が冴えてくる。先程までの痛みも何も感じない。ガクンと、床に崩れ落ちた。
うっすらと開かれた世界に見えるのは金色。宝石のようなものを化け物から奪い取って、チラリとあたしを見る。目が合った瞬間、動かない体が大きく反応した。あの瞳は、あの髪は、


「ウラヌス。それは?」
「‥‥違う。これもタリスマンじゃない」
「‥‥そう」


コツコツと音を立てながら歩いてくる姿は、見間違えるはずがない、確かにあの人だった。もしかして、これは夢なのだろうか。ふわふわと浮いているような意識の中、ふとそんなことを考える。どこからが夢なのだろう。化け物が現れたところ?海王さん達が目の前を横切ったところ?それとも、ずーっと前から?


「‥‥名字さん」


呼ばないで。そんな顔してあたしの名前を呼ばないでよ。一度しか話したことない相手に、そんな顔しないで。気付けばあの愛しい顔は目の前だった。互いの息が当たりそうな距離で、彼は相変わらず少し悲しそうにあたしを見つめてる。あたしを、見つめてる。


「は‥‥るか、さ」「‥‥僕が誰か分かるのかい?」


うん、分かるよ。ずっと君のこと見てたから。


「名字、さん?」


好き、大好き。やっぱり無理だ。この恋に期待なんてしていなくても。気持ちを抑えるなんて器用な事はあたしには出来ない。
決定的な、恋だとしても。
それが確実で残酷な愛だとしても。
きっとあたしはこの溢れ出る想いに蓋をする術を知らない。いや、知ろうとしない。ならいっそ、ここで区切りをつけてしまおう。辛くて愛しくて苦しい恋を、終わらせよう。


「‥‥好、き」


ありがとう、さようなら、あたしの長い恋物語。

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