加州清光という刀剣男子がいる。
それはそれは毎日洗顔をし化粧水を塗り、バブの入ったお風呂を好み、髪のケアをも怠らない美意識の高い、最早美意識の塊のような人物だ。そんな彼を相棒の安定はキモイだの女々しいだのと散々言っているが、他の刀剣男子と比べても彼等の部屋はダントツに良い匂いがするので、やめろとは言わないらしい。ああは言っても、内心はお得なセットのように思っているようだ。清光はマクドナルドのポテトか、とツッコミをしたのは記憶に新しかった。
きめ細かな肌、ムダ毛のない腕、整った顔にスラリとした体型。どこをどう見たって完璧で、ほうとため息が出る。加えて彼は私の初期刀であり愛情を込めて育てた大切な刀。そんな彼が、どうやら最近少しおかしいという報告を受けた。「え?」と思わず表情が固くなる。


「大安守が言うに、今のところ戦や剣技に異常はないがこのままだと不安とのこと。以上です」
「はあ」


私もここ最近はあまり部屋から出ていないから本丸の近状を知らない。けれど安定が言うのだからきっと間違いないのだろう。わざわざ長谷部に頼んで報告をしているのだから、喧嘩をして愚痴を言っているというわけでもなさそうだ。私の知ってる清光はいつも通りだったんだけどなぁと不思議に思いつつも重たい腰を上げる。

(いつも通りっていつの話だ)

思わず頬を引きつらせて笑った。これじゃあ完全に引きこもりだ。いい機会じゃないか。忙しいからと引きこもってないで、みんなとコミュニケーションをとっていこう。清光のことも気になるし。少し歩いている矢先、庭を箒で掃いている薬研を見つけたので声をかけると、振り向いた彼は特に驚くこともなくにこやかに笑った。


「ん?なんだ大将。部屋から出てくるなんて珍しいな」
「そ、そんなに久しぶりかな……」
「ここ一ヶ月は籠ってたと思うぜ。とにかく元気そうで何よりだ」
「や、薬研……!」
「どうした?」
「相変わらず男前だなぁ薬研は!この!」
「おっと、大将はちょっと子供っぽくなったか」


それよりも1ヶ月も籠ってたのか、と改めて突きつけられた数字に正直驚いた。一ヶ月。その間、出陣や遠征の出迎えもろくにせず、政府の仕事に追われ引きこもっていたのかと思うと情けなくなる。ずっと心のどこかで許されると思っていた分、そのふり幅は大きい。現に自室から出て誰かと話すのは確かに久しぶりだったから。逆に言えば近侍の長谷部としか会ってなかったのだから審神者として失格だ。少なくとも私の目指している審神者じゃない。


「薬研……薬研になりたい私、薬研になる」
「俺になってくれるのは構わねえが弟達の面倒と酔い潰れた奴等の面倒も勿論見てくれるんだよな?」
「うおっ……そ、それは……!」
「ははっ冗談だ。それより大将は何か用があったんじゃないのか?」
「あ、そ、そうだった……さすが薬研……。あのさ、最近清光がおかしいって聞いたんだけど」
「加州の旦那?」


何かを思い出すように薬研は顎に手を当てた。が、思い当たる節があるのか、すぐに似合わない苦笑いを浮かべた彼は「早く会ってやってくれ」と言う。


「大将のことが人一倍好きで人一倍好かれたい人だ。大将が最近出てこないから色々と思うところがあったんだろう」
「じゃ、じゃあやっぱり……」
「俺っちもずっと一緒にいるわけじゃないから、最近の加州の旦那がおかしいとも言い切れない。が、否定もできないな。」
「そっか……」
「時間ができたらまたこうやって他の奴にも話しかけてやってくれよ。皆喜ぶぜ……と、噂をすれば加州の旦那じゃないか?」


その視線の先を辿ると、目を見開いてこちらを見る清光がいた。少し痩せただろうか、その目の下にある隈はどうしたの、完全体じゃないことは誰が見ても一目瞭然で、ああこれは確かに心配にもなるし不安にもなると安定と薬研の気持ちがよく分かったような気がした。ごめん行くね、と薬研に別れを告げ小走りで駆けると、清光はハッとしたように目の前の私を凝視する。そして眉間に皺を寄せ「……何で」消え入りそうな声で呟いた。本当に消えてしまいそうだったから「たかが一ヶ月いなかっただけなのに〜」という軽口は追いやららて、代わりに聞き返そうと口を開こうとすれば、それより先に私の手首を掴んだ清光が引きずるように手首を掴んだまま歩き出す。突然のことだったから抵抗しようとも思ったが『清光が最近おかしいんだよ』『色々思うところがあったんだろう』二人の言葉を思い出して内に留めた。今は彼に従っておこう。

清光の向かった先は自分の部屋だった。中は随分ひんやりとしていて、以前まで部屋を包んでいた花の香はない。パタンと襖を閉めた途端、手首は解放され清光はその場に立ち止まってしまった。「清光……?」顔を伏せ、ただならぬ様子の清光に恐る恐る声をかけると、ピクリと反応した彼は顔をゆっくりと上げる。電気はつけないのだろうか。明かりがないせいで部屋の中は暗くて薄ら寒い。私は罪悪感に包まれながら薄い唇が開くのを待っているだけだった。


「主さ」
「ど、どうしましたか」
「俺ね、寂しかったよ」
「……ごめんね清光」
「ずっと何してたの?俺のこと嫌いになった?」
「し、仕事が溜まってて……ごめん。清光のことは勿論好きだよ」
「じゃあ俺のどう思ってる?」
「ど、どうって……か、可愛いと思ってる……?」
「ほんとに?」
「うん」
「……ダメだよ」
「え?」
「それだけじゃダメ。もっと、もっと俺のこと考えて。俺のことだけ考えて。俺のことしか考えないで」
「き、清光?」
「……」
「え、ちょ、倒れ……!」


肩を押され、ドスンと重量感のある音が響いた。いてて……と痛む背中に気がとられていると、ただでさえ薄暗い視界が真っ暗になる。間近に感じる体温と息遣い。彼が馬乗りになっている、そう理解するのにそう時間はかからなかった。ただ意味が分からなくて酷く混乱した。「……離れて」今にも震えそうな声を張り上げて言い放つが、彼が退く気配はない。従順な近侍がいるせいだろうか。いうことを聞かない彼に私は更に混乱して何がなんだかとうとう分からなくなる。鶴丸のように冗談だと言う雰囲気でもない。暗闇の中、彼の目と目があった気がした。その一瞬でこのままじゃまずい、第六感が告げる。慌てて彼を引き離そうと伸ばした腕を呆気なく掴まれ、あろうことかそのまま畳に縫い付けられてしまった。ぎし、畳の軋む音がする。


「清光やめて」
「……」
「清光」
「俺のこと怖い?」
「こ、こわいよ」
「俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃ……ないけど、」
「けど?」
「こんなことする清光は嫌い」
「……」
「だから清光、早く退いて」
「やだ。今の主の頭の中ってどんな感じ?嫌い?怖い?怖くて、でも嫌いになれなくて、頭がいっぱい?俺のことばっかり?」
「清光、なにを……」
「俺ね、寂しかったよ」


こつんと額がぶつかった。二度目のその言葉は本当に彼の本心のようで、彼の口から吐き出された息が僅かに湿っている。今にも全てがくっついてしまいそうな距離に、彼の顔がある。ドクンと心臓が鳴った。怖いからなのか恥ずかしいからなのか緊張からなのか私には分からない。潤いを持った二つの瞳が、私を射抜いている。


「主は俺に会いに来てくれないし、でも安定は会ってるみたいだし、近侍には長谷部を選んでるし。近侍って主がいるところどこでもずっと一緒にいるんでしょ?それなのに今だってそうだ。なんで俺じゃなくて薬研に会ってるの。どうして俺のところには来てくれないの。俺おかしくなりそう」
「わ、私ほんとに久しぶりに外に出たの。さっき薬研といたのは清光のことを聞くためだし、長谷部ともずっと一緒ってわけじゃ……」
「それでも許せない。真っ先にあいつにあったことが。俺より主と長くいるあいつが」
「ごめん……」
「やだ許さない」
「わ、私に何してほしい?出来る限りなら何でもするから。好きなマニキュアでもなんでも」
「……なんでも?」
「うん」
「そういうこと、他のやつにも言ってるの?」
「え?」
「……やっぱ主はダメだよ。俺がちゃんと躾けてあげないと」
「な、き、清光!」


手首を押さえる力が強くなったと思えば、鼻の先が首筋に当たって心臓が止まりそうになる。


「俺の事好きなんだよね」
「あ、」
「俺の事可愛いんだよね」
「清光……!」
「でもそれだけじゃ足りなくなっちゃった」


あと数ミリで唇がくっついてしまう。
確かに清光はおかしくなってしまったようだ。そして、きっとその原因にある。狂気的な愛を感じて私は抵抗するのをやめた。

主、うさぎってさ


「寂しいと死ぬらしいよ」


だから俺を死なせないように頑張ろうよ、ね?

/top
ALICE+