夏は嫌いだ。暑いし汗はかくし虫は多いし、日焼けするし化粧は落ちるし、食べ物だって腐りやすい。ザ・現代っ子だった私だが、そんな考えが最近少し変わりつつある。審神者になって、歴史や文化、自然に触れるようになり、情緒という言葉を体感できるようになってから、なんだか夏も悪くないのではと思い始めていたりするのだ。天下の雅大先生の歌仙もこう言っていた。「夏の夜は本当に雅だ」と。歌仙からしたら全ての自然が雅なのだと思うけれど、そんな彼が本当に雅だと言ったのである。多分本当に雅なんだと思う。『雅 意味』で検索をかけたけど、確かにまあ夏の夜は雅だなあとか思う。現代っ子の言葉で言うと、ずばりエモい、だ。夏の昼は太陽は高くて暑いし苦しいけど、日陰に入ると空は酷く青くて、薫風が気持ちがいいことを知った。夜になると意外と風は冷たくて、空にはキラキラと宝石が散りばめられているのだということを、最近知った。本丸は特に昔ながらの造りであるから、お風呂上がりに縁側に座って、まん丸い月と煌めく星を見上げていれば、涼しくて心地よくて、自然と瞼が落ちてくる。それでもじっとしていれば汗が滲んでくるのだけど、それはあらかじめ用意していた冷たい氷入りの麦茶を飲み干せばいっちょ解決だ。一気に喉に流し込んでそのまま後ろに倒れ込んだら、その衝撃で氷のぶつかる音がした。カランカラン。これもまた夏っぽいなあと思いながら、四肢を投げ出して寝転がる。床がほんのりと冷たくて気持ちい。ふう、と息を吐いていると、なにやら近づいてくる足音。こんな時間に誰が起きてるんだろうと顎を上げてその姿を確認しようとすれば、視界に大きな影が広がる。


「何やってんだ、大将」
「誰かと思ったら薬研だ」
「俺っちだったら不満か?」
「びっくりした〜みんな寝てると思ってたよ」
「他の兄弟達はぐっすりだな」
「薬研は寝ないの?」
「大将のこと考えてたんだ」
「.......あらやだ」
「口開いてるぜ」
「なんで私のことなんか」
「夜、女のことを考えてる理由なんて一つだろ?」


その言葉の意味を紐解いていくうちに、じわじわと顔が熱くなった。涼しかったはずなのに、気づけば全身にしっとりと汗が滲んでいる。上半身だけゆっくりと起き上げ、その姿を見れば、当の本人は悪戯そうに口元を三日月に上げていた。な、なんてことだ!からかわれた!ほんとこの短刀というやつは!可愛くない!鬼!


「.......薬研って子供なの.......大人なの.......?」
「心は男だ」
「見た目は子供で心は男なの.......?」
「頭脳も大人だ」
「名探偵なの?」
「名探偵薬研だ」
「.......ふはっ」
「ところで、大将。昨日も一昨日もココで寝落ちしてんだろ」
「えっ」
「大将の体を預かってる身分としては見過ごせねえなあ。部屋じゃ眠れねえ理由でもあんのか?」
「んーーーーそういうわけじゃないんだけど」
「じゃあ何?」
「なんだか最近、夏の夜が好きなんだよね」


上から私を見下ろしている薬研の表情には影が入って、上手く読み取れない。しかし私の視線に釣られたようで、やがてサラリと黒髪を夜風に靡かせ、空を見上げた。その先にあるのはまん丸お月様。「お〜立派なもんだ」と呟いている。そうしてゆっくりと私の横に座って、同じように背中を床につけた。ふわりといい匂いがして思わずそちらを向くと、バッチリと至近距離で目が合ってあわてて首を戻す。お、思った以上に近いなあ。

「なあ、大将」
「な、なあに?」
「こういう日は人肌が恋しくなるなあ」
「そ、そう?」
「ああ。誰かさんをぎゅっとしてたくなる」
「それはなんていうか」
「言ってみな」
「え、」
「ギュッてしてって」

なんとも無茶振りなリクエストである。でもなんだか夜中の気持ちはふわふわしていて不安定なもんで、「ギュッてして」その言葉はポロンとくちびるから簡単に落ちてきた。にんまりと唇を吊り上げて両手を広げる薬研にすりすりと擦り寄っていく。背中まで息が詰まるくらい強く引き寄せられて、心臓が飛び出てしまいそうだなあなんて思った。首すじにスっと薬研の冷たい指が這うもんだから体をよじって、それでも薬研の胸に額をグリグリと押しつける。人肌が恋しくなる、か。確かにこうやって誰かとくっついていると酷く安心するし、そのとおりなのかもしれないなあ、なんて。

「なあ、大将」
「なあに」
「このままずっと抱きしめててもいいか?」
「……こちらこそ」
「はは、言ってみるもんだなあ」

さらに強くなった力に身を任せ、そっと目を閉じる。ああ。暖かいなあって、思いながら今日も私は淡い夢に溺れる。そういや薬研とこんなふうになる夢を何度も見たなあ、と、

「"今日も"もおやすみ、たーいしょ」

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