どうしてこうも、すれ違ってしまうのだろうか。

名前は季節の変わり目のせいか薄暗くなっている公園のベンチで小さく息を吐いた。はあ、空気と同化してしまいそうな程小さな溜め息の裏側には先程までの自分が存在している。ああ、なんであたしはこんなに馬鹿なのだろう。もう何度目かすら分からない言葉を内心吐き捨てるものの、素直に謝りに行くというのも自分のプライドが許さない。それほどプライドというものを今まで大事にしてきたというわけではないが、やはりどうしてもベンチから立ち上がる気にはなれなかった。
‥‥だって黄瀬が悪いんじゃん。眉間をきゅっとひそませて名前は足元に転がる石を力一杯蹴りあげた。高く舞い上がった石は数秒後音を立てて地面にめり込む。その様子を見た通りすがりのサラリーマンは目を見開いて足を急がせた。

しかし、名前はどうでもいいとでも言うように鼻を鳴らすだけ。見て分かる通り、名前は力が強い。いや、強いという言葉で縛るには些か限界があるようにも感じる。例えば怪力。例えば馬鹿力。少なくとも通常の中学3年生の女子が生み出せる力ではないことは、一目瞭然だった。故に、当然だが問題も出てくる。
今回彼女が人気の少ない公園のベンチでぶつぶつと呟いているのもそれが原因なのだ。


「大体助けに来てくれたんなら言ってくれれば良かったじゃない。誰もいないと思ったら誰だって自分でやっつけようとするでしょ普通。何さ、勝手に怒っちゃってさ。普段何考えてるか分からないくせに妙に頭が良いプラス顔も良いから毎日一回は告白されてる馬鹿黄瀬!」


ぜえぜえと息を乱しながら一呼吸で叫んだ。薄暗かった公園はいつの間にか完全に夜の世界となっており、辺りを見渡せばぽつりぽつりと灯りが見える。冷たい風が吹けば、古くなった電柱がカタカタと音を立てた。
‥‥本当は、分かっているのだ。ただ向こうが本気で心配してくれていて、珍しくも額に一筋の汗を流していたことも。そこまでして駆けつけたというのに「あ、黄瀬だ」の一言がどれだけ相手にダメージを与えたかということも。

だからこそ、気恥ずかしくて言えない。さっきは駆けつけてくれたのに1人で倒して黄瀬の出番取っちゃってごめんね、なんて、言えるはずがない。


「あー、やっぱり無理だよ‥‥相手が黒子君とかだったらこんな面倒くさいこと考えなくていいのに」


両手で顔を覆うと、うがーと意味もなく声を漏らした。そしてそこに近付くの1つの影。ポケットに手を突っ込みわざとらしく音を立てながら名前の元へと足を進める。しかし、それでも名前は気づかないのだから、影は呆れたように目を細めた。


「ていうか黒子君だったら、そもそもこんな事すら起こらないよね。無事で良かったですで済むよね、黄瀬がおかしいだけだよね!」
「そうッスか」
「そうそう!黄瀬が狂っ‥‥え?」


次に名前が言葉を発するまで一定間の沈黙があった。
ニコリとした笑みを作る黄瀬からはなんとも言えない圧力というものを感じる。今までそういう経験を何度もしたことがある名前は、元々白い肌をより蒼白させていった。黄瀬はニコニコ、名前はタジタジ。無言の見つめあいから約一分が経過した頃、ようやく「‥‥き、せ?」と名前が口を開いた。

いつから聞かれていたのだろう。揺れる瞳からは簡単に感情を読み取ることが出来、黄瀬はあえていつからッスかねと言葉を濁す。それが逆に恐怖を煽ったのか、名前は分かりやすく肩を揺らした。
そんなに怯えるならあんなこと言わなかったらいいのにと思う黄瀬だが、少なからず怒っているため相変わらず無言で名前の腕を掴んでみる。ひい、と悲鳴をあげる。名前を見て、黄瀬は僅かに口角をあげた。力は強いのに黄瀬には弱い。
つまるところ、名前は黄瀬のこういう何を考えているか分からないところが苦手なのである。それを分かっていながら笑みを止めない黄瀬もある意味確信犯なのだろうが。


「ねえ、何か俺に言うことないッスか?」


キリキリと腕を掴む力を強くした。当然だが名前は至って普通の女子であり、いくら力が常人より強くとも至って普通の女子なのだ。
むしろ持久力や耐久力といったものには滅法弱い。放つ力は大きくとも、受ける力には限りなく弱い。それを知っていながらも力を弱めない黄瀬は、やはりどうしようもなく確信犯である。


「黒子っちの方がいいんだ」
「な、聞いて‥‥」
「黒子っちだったらこんな面倒くさいことにはならなかったんだ」
「‥‥え、あの、それは」


再び沈黙。
だって本当のことじゃん‥‥と思いつつも声にならないのは、相手が黄瀬だからである。結局何も言えぬまま、もごもごと言葉を誤魔化す。
はあ、と頭上から聞こえてくる黄瀬の声も名前からすれば顔をあげたくない理由の上乗せになるだけだった。


「き、せ。‥‥あの、」
「もういいッスよ」
「え?」
「黒子っちが良いんだったら別れればいい。返事はまた明日聞くッス。それじゃあ」


パッと。キリキリと腕を締め上げていた手は、あまりにも呆気なく離された。
さっきまでは早くこの腕から手が離れればいいと思っていたのに、いざ離されてみれば、どこかもどかしい。「‥‥あ、」と宙へ垂れる手は、とても寂しいものに見えた。


「待って黄、瀬」
「‥‥‥」
「待って、待って!」


待ってよ涼太ぁ!グズ、湿り気を含む声と同時に小さな体が黄瀬の背中に抱き着く。ごめん、ごめん、だから冷たくしないで。さっきまでの威勢の良さは一体どこに行ったのか。
どこからどう見ても同一人物とは見えない上に、小刻みに震える姿は小動物のようにも見えた。


「ごめん、黄瀬。ほんとごめん」
「‥‥俺が怒ってる理由分かるッスか。別にもう今朝のことは怒ってないッス」
「‥‥じゃあ何?」


背中越しに聞こえる声からするに、素で分かっていないらしい。今日何度目かも分からない溜め息を溢すと、黄瀬は腰に巻きつく腕を外して名前に向き返った。


「俺がいる前で他の男の名前を出すのは禁止」
「‥‥は?」
「黒子っちも駄目」
「え、」


最後に名前の唇をそっと塞いで「普段何考えてるか分からないくせに妙に頭が良いプラス顔も良いから毎日一回は告白されてる馬鹿黄瀬からのお願いッス」と呟くと、驚きと羞恥に染まった名前は無言で黄瀬の胸へと顔を押し寄せた。
こうなることも全て分かった上で口角をあげる黄瀬は、やはりどう捉えようとも、確信犯なのである 。

/top
ALICE+