「最近寒いねえ」


両腕を摩り、縮こまりながら話しかけてきたのは乱ちゃんであった。確かに寒い。ココ最近といえば雪が降るばかりで洗濯物のタオルも凍るし、朝は寒くて布団から出られないし漏れなく弊害だらけである。

けど意外なことに、初めての本格的な冬を迎える刀剣達の方が私よりも冬の寒さに震え上がっているらしい。確かに最初の方は雪で遊んだりもしていたけど、飽きてしまったのか雪の恐ろしさを知ったのか、近頃雪遊びをしている姿は見かけない。むしろ皆外気に触れたくもないようで、用事が無ければ部屋から出ないし、出たとしても腕を押さえながら耐えるように廊下を歩いている。見事に引きこもり本丸が完成していた。特に粟田口の短刀はみんな生足の短パンだからキツいよね……服、買ってあげるね……。そしてそんな粟田口の短刀である乱ちゃんは、寒そうに私の隣にぴったりとくっつくと「あったかーい」なんて言って長い睫毛を伏せた。まるでお人形さんが隣にいるような光景に心がホッコリとする。書類に走らせていた筆を置いき、どうせなら、と机の上に置いていたココアを差し出してみた。キョトンと不思議そうに瞬きし、乱ちゃんは両手でマグカップを受け取る。


「何これ?なんか茶色いけど」
「えっとね、これはココアっていう甘い飲み物」
「ここあ?」
「うん、ココア。昨日チョコレート食べたでしょ?それを飲み物にした感じ!ざっくり言うと、だけどね」
「ちょこれーと!あれ甘いから好き〜!」
「私それまだ口つけてないから飲んでいいよ。まだあったかいと思う」
「ほんと?ありがとう、あるじさん」
「どういたしまして」


ふぅふぅと湯気が延びるココアに息を吹きかけている乱ちゃんはとても可愛らしい。思わず頭を撫でてみると、チラリと目だけを動かして私を見た乱ちゃんは少し唇を尖らせた。刀剣男子はみんな等しく秀麗であるが、短刀である乱ちゃんは特に中性的である。手入れされた艶のある夕色の髪、ふさふさと目元を彩る長い睫毛、ふっくらとした果実のような唇。どれをとっても乱ちゃんはそこらの女の子より可愛くて、時折粟田口総出で女の子という事実を隠蔽しているのでは……?と考えたりもする。疑いたくはないけれど、一期ならやりかねないからである。そして当の乱ちゃんはココアが気に入ったのか、美味しい!と声をあげて嬉しそうに笑っていた。私も釣られてふにゃあと顔の筋肉が緩んでいく。


「どうせなら、他のみんなにも作ってあげようかな」
「え〜ボクだけじゃないの?」
「えええ……だって他のみんなも寒がってるだろうし」
「あるじさんの時代の食べ物とか飲み物は美味しいけど、これはボクだけがいいなあ」
「え〜そんなこと言う?」
「言う。一つくらい特別なもの欲しいもん」
「ココア一つで大げさな……」
「大げさじゃないよぉ」
「そ、そんなに言うならスープとか違うものにしようかな……」
「うんうん」


頷きながらマグカップに口をつける乱ちゃんを見る限り、どうやら満足したらしい。ちなみに他の本丸の乱ちゃんは時折子供じみた我侭こそ言うものの、我が本丸のような子はいないという。『アンタ舐められてない?』といったことを言われることが稀にあるのだけど、いやいや仲がいいと言ってほしいものである。心外だ。舐められているわけがなかろうよ。薬研に「どっちが主だか分かんねえな」なんて言われたことがあるけれど、きっと接しやすいよねフレンドリーだよね!的なことを言いたかったに違いない。決して馬鹿にされているだなんてそんなそんな。


「あるじさん、手冷たい」
「末端冷え性なんだよね……」
「しかもちょっとカサカサじゃん……加州が見たら倒れるよ?」
「う……」
「女の子なんだから気遣いなよね〜」
「乱ちゃんに言われたらグウの音も出ないです……」
「……乱ちゃん?」
「あ、」
「うわ。あるじさんったらボクのこと裏ではそんな風に呼んでたの?」
「えっえっ、」


ば、バレた。片眉をピクリと動かして私を見上げる乱ちゃんの眼光は鋭い。普段は意識して乱、と呼んでいるのだけれど今のは完全に油断していた。彼は女装こそしているものの、女の子扱いをしすぎたら怒る何とも面倒くさいタイプだったりするのだ。バレた……うわああ、バレた……。寒さとは違う冷気が乱ちゃんから発せられているようで、たらりと背中に冷や汗が流れる。た、助けて一期……!貴方の弟宥めて!どうか機嫌戻して!


「ご、ごめんて!」
「……ボクの前ではちゃんと乱って呼ぶのに」
「ぐ、ぐう」
「裏ではそんな感じだったんだあ」
「う、うう」
「可愛がられるのは好きだけどちゃん付けは……うーん」
「ナ、ナニシテホシイデスカ」
「この間見てた手袋欲しい」
「ハイ」
「あと新しい服」
「……ハイ」
「枕も」
「……ハイ」
「あとはー」


け、決して舐められてなどいない……!舐められてなど……!まだ欲しいものがあるのか、指を折りながら悩ましい声をあげる乱ちゃんを私は半分諦めて見つめていた。もしこの瞬間が漫画の世界であるなら、ズーンと効果音がつくに違いない。そして私は意地でも乱ちゃん呼びをやめない。屈強なハートの持ち主である。乱ちゃんはブツブツといくつか候補を上げていたが、やがて決まったのかマグカップを持ち直して私に近づいてくる。その顔はどこか楽しそうだ。


「あるじさん、寒いよね?」
「そりゃあ寒いけど……」
「ココア飲みたいよね?」
「また作るの面倒だから今はいいかなあ」
「飲みたいよね?」
「ノミタイデス」
「じゃあ飲ませてあげる」


ジリジリと近づいてくる乱ちゃんに嫌な予感を感じて、私も後ろへ後ろへと下がっていく。え、何どうしたの急に怖いよ乱ちゃん。そのマグカップで何する気なの。殴ったりしないよね?大丈夫だよね?妙ににやけてるけど怖いよ乱ちゃん!?
近づく乱ちゃんと逃げる私。寒いねえなんて猫のように擦り寄ってきていた乱ちゃんはどこにいったのか、今目の前にいる彼は目がギラギラとしていて野生じみている。けれど、トンと背中に当たった壁によって、私の無意味にも思える逃亡劇は幕を閉じた。私の膝の隙間に身体をねじ込んだ乱ちゃんは「ボクが飲ませてあげる」そう言ってマグカップの縁に薄い唇を当てた。飲ませてあげるって……まさか。


「え、あ、あの乱……」
「ほら飲ませてあげるから口あけて」
「待って待って飲ませてあげるって、え!?待って落ち着いて!」
「あるじさんはうるさいなあ。ボク傷ついてるのに」
「絶対そんなに傷ついてないじゃん!めっちゃ元気じゃん!ちょっと!いでででで!頬引っ張んないで!」
「あるじさんがいつまでもうるさいからだよ」
「あ、ちょ!誰か!ヘルプミー!」


近づいてくる整った顔を必死に首を動かすことで避けていると、少し離れたところで「お、おい乱!」と焦ったような声が聞こえた。ぴたりと止まる乱ちゃんに心の底から安心する。そしてこの声は、きっと、


「……大将もおふざけが過ぎるんじゃねえか?」
「や、薬研んんんん!」
「……チッ。空気読んでよ」
「読んでたら間違いなく問題が起きてただろうが」
「薬研のばーか」
「薬研にい様ありがとうございますありがとうございます」
「……はあ。ったく」


白衣をなびかせ、腕を組んでいる薬研をうるうると見つめるといつも通り呆れた表情で見下ろされた。あれもしかして私なめられてる?と思ってしまった。けれどまさかそんなはずはないので、すぐに打ち消す。


ああ、今日も大変な一日であった。

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