生まれてはじめて、指輪を買ってみた。
というよりも、清光と久しぶりに買い物に行ったら、なんとなくの流れで買ってしまった。ショーケースの中で一際輝いてるそれにふわりと目を奪われて、清光も可愛いじゃんそれなんて言ってくれるから、その場の勢いでお買い上げ。普段指輪なんてつけないし欲しがりもしないのに買ってしまったのは本当になんとなくで、隣で着飾っている清光に影響されたのかもしれない。可愛い小物は何も持ってなかったし一つくらい良いかなぁって軽い気持ちで。ちょうど色違いがあったから、一軍で活躍してくれてる日頃の感謝も込めて清光にも買ってあげた。「二個も買うのー?」って覗き込んできた清光に可愛らしくラッピングされた小箱を渡したら、泣きそうな顔で抱きついてきたからきっと喜んでくれたに違いない。そして、私の生まれてはじめての指輪は清光とお揃いのペアリングになった。そしてそれも、なんとなく薬指につけてみた。それもまた意味なんてないし、ただのお洒落の一環としてつけていただけなのだけど、部屋に訪ねてきた薬研はそんな微かな変化も逃さなかったらしい。時刻は夜、報告をうんうんと聞いてるふりをしながら眠気と戦ってたら急に手首を掴まれて、慌てて飛び起きた。カッと開いた目の先にいるのは、眉間に皺を寄せて私の手を見つめる薬研である。な、何だ……!?真面目に聞いてなかったから怒らせた!?とりあえず一言「ゴメン」と謝ってみる。返事がない。ただの屍のようだ。頭を殴られた。屍ではないらしい。痛い。


「痛い」
「知ってる」
「なんだって」
「……」
「え、ええ……」
「……」
「ど、どしたの薬研急に……こわいよ」
「……」
「薬研……?」
「……これは、」
「え?」
「加州の旦那と同じものだな」
「清光?」


視線の先をそっと辿っていくと、薬指にはめられた指輪。真ん中の宝石が煌めいて存在感がある。ああ、清光と同じってそういうことか。


「うん、一緒だよ。清光がルビーでわたしがこれ。なんだっけ、エメラルド?」
「何で薬指に?」
「えー、なんでだろ。なんとなくかな」
「……はぁ」


なんとなく、その一言で薬研はため息を吐いて肩を落とした。力が抜けたと言ってもいいのかもしれない。やれやれといったように首を振って、私の前に腰を下ろした。弱まった手首の圧力に私もホッとして、へらりと笑う。


「この間、右手の薬指に指輪をつけるのは恋人がいる証だって教えたのは大将だぜ」
「あ〜そんなことも言ったね!確かにそれは本当だよ!」
「左手の薬指が結婚相手がいる証だったか」
「そうそう。よく覚えてるね」
「そう簡単には忘れねえさ」
「私が薬指につけたのはなんとなくだよ、お洒落お洒落」
「ったく……ヒヤヒヤさせんな」
「私相手にそんな本気にとらなくていいのに」
「大将だから、の間違いだろ」
「え、」
「それも加州の旦那が相手だったら余計にな」
「……え、ええ……」


……なんだこれ、すっごく恥ずかしい。顔がほんの少し熱くてペタリと手の甲を頬に当ててみた。こういうことを素で言えちゃうってのがほんとにずるい、よなぁ。本人にその気がなくてもこっちが勝手にドキドキしてしまう。多分たった今この瞬間もこんなことを考えているのは私だけ、気まずいと思っているのも私だけだ。こういうこと言われ慣れてないからほんと困る。指輪をじっと見つめたままの薬研は、やがて私の手をそっと両手で握りしめた。冬の夜は怖いくらいに寒くて冷たい。けれど薬研の手の中は、それでも仄かに温かくて変な感じがする。どうしたの薬研。そう問いかけてみても薬研は長い睫毛を伏せるだけだ。どうしたのー。ツンツンと左手で薬研の頬をつついてみると、嫌そうに目を細めたものの大した抵抗もされない。普段の彼なら簡単に手を払って呆れた顔で私を私を見るだろうに。それもしない。本当に一体どうしたんだろう。ちょっぴり不安になって「体調悪いの?」もう一度問いかけてみると、今度は伏せた睫毛を上げて、じっと私を見た。薄い唇が開くのをスローモーションのようにぼうっと眺めている。藤色の瞳の奥には私が映っていた。今日見た宝石なんかよりも薬研の瞳の方がきっと何倍も綺麗だと、ふと思った。


「……右手の薬指から血液が循環するっていう考え方がある」
「へ、え。そうなんだ」
「左手の薬指と心臓は繋がってるとも言うらしい」
「さすがだね」
「大将の時代の本を読んだだけだ」
「そっかぁ」
「……なあ大将、」


ずるいとは、思わねえか。吐息交じりに呟かれた言葉は、ズンと脳の深いところに落ちていった。何が、そう問い返す前に、握られていた手の力が緩んで輪郭を確かめるように薄い皮膚をなぞっていく。その感覚がぞくりと背中に電流が走っていくようで、逃げるように後ろに下がってしまった。ザ、と畳と衣服の擦れる音が生まれて、その音は静かな夜によく響く。ピタリと動きを止めた薬研と、片手を後ろについて不安定な体制の私。その際にするりと薬指から指輪が抜けていくような感じがした。あ、と声を漏らした時には案の定指輪はもう抜けていて、薬研の手中にある。その指輪を二つの指で挟んでいる薬研は私の視線に気がついたのか顔を上げ、困ったように笑った。困りたいのは私なのに、そんな顔されたら何も言えなくなる。きっと私も薬研と同じような顔をしてるんだろう。「悪い」と言葉を落とし、薬研は頭をかきながら目を細めている。ずるいとは思わないか、その続きはまだ聞けていない。


「頭に血が上ってたみたいだ」
「ほんとびっくりしたよほんとに」
「はは、悪い悪い。怖がらせちまったな」
「うん」
「悪かった」
「なんか私もごめん」
「大将は何も悪くねえよ。俺っちの心が狭かっただけだ」
「心が狭い?」
「いんや、こっちの話」
「そ、そっか」
「お詫びに大将の好きなプリンってやつ作ってやる」
「私がいつでもプリンで許すと思ったら大間違いだからね」
「……そうか、なら焼きプリンにしてやる」
「許す!」


それにしても指輪のつける場所はちゃんと考えなきゃいけないかもしれない。特に意識してはいなかったけれど、ここは現代のファッション感覚を持つような若者の溜まり場じゃないんだし。まあカッコよくて流行りの刀もいるしマニキュア塗ってる刀もいるしみんな洋服着てるし通じてもおかしくはないのだけど。見た目詐欺だね!とりあえず薬研の手中にある指輪を返してもらって、今度は人差し指にはめてみた。その動作を見ていた薬研は満足そうに笑って「さあプリン作るか」と立ち上がろうとしたが、ニッコリ笑って彼の袖を引っ張る。


「薬研くんもしかして今作るの?」
「?なんか問題あったか」
「今夜だよ?12時過ぎてるよ?」
「夜はこれからだろ」
「薬研がグレた!?」
「今は大将にプリンを作ってあげたい気分なんだ」
「優しさがから回ってるよ薬研くん」
「どんな大将になっても俺は受け止めるぜ」
「ほら太らせる気満々じゃん!」
「大丈夫だ、このくらいじゃ太らねえよ」
「前提として君たちと筋肉量が違うからね」
「大丈夫だ」
「今日の薬研が薬研じゃないよ……!」


しかし文句は言いつつも薬研あとをほいほい着いて行き、プリンは食べてしまった。罪悪感に押し潰されそうだった。そしたら夜中なのにも関わらず、香ばしいキャラメルの匂いに誘われた短刀たちが釣られてやってきて、結局3皿食べた。罪悪感にはもう押し潰された。


「主、プリンは美味しいですね!」
「……ああうん美味しいね……」
「どうしたのですか?元気ないですよ?」
「うん大丈夫、明日走ろうね」
「??走る?」


次の日、何も知らない五虎退を連れて本丸の庭をめちゃくちゃ走った。

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