「……」
「……」
「元気だして、主」
「……出せない」
「無理やりにでも元気ださなきゃ」
「だ、出せない……無理だ……」
「可哀想に。よしよし」
「可哀想だよ本当に今この瞬間世界一不孝で可哀想な少女イズ私……」
「主おいで。もっとナデナデしてあげる」
「かしゅ、かしゅう……!」

うええええん!とその赤い内番着に飛びついて思い切り顔を押し付けると、彼の胸元がじわじわと己の涙で染みていくのがわかった。それでも自分が可哀想で可哀想で、頭を撫でてもらってもなおシクシクと悲しみの連鎖が止まらないのである。「いくらでも俺の胸で泣いていいからね」「グスン.....清光が優しい」「俺はいつだって優しいでしょうが」そう言って彼は私の顔を上げさせると、ニコリとそれはそれは慈しむように笑って、己の胸に私の顔を押しつける。其の際の表情があまりにも優しくて柔らかくて、情けない主は再び視界がぼやけてしまう。加州清光、今はあなたが私のメシアです。

「大丈夫、温泉は結局来週でしょ?なくなったわけじゃないんだから。泣かないで、ね?」
「……でも行く友達いないもん」
「……ごめん、傷つけるつもりはなかったんだけど」
「待ってね、多分思ってるの違うかも」
「きっと自然にできるよ、主なら大丈夫」
「違うの!あの、違うの!友達いなくて悲しんでるとかじゃなくて!一緒に行こうとしてた友達はちゃんといるの!まだその子達とも友達なの!」
「あ、よかった」
「あっぶねえ……」
「じゃあその予定だった友達は?」
「ら、来週は仕事だから無理って言われた」
「あちゃー」
「……うう、そんなの知らないよ!!!こっちだって審神者の仕事あるっつーの!」
「うーん、そっかあ」
「酷くない!?最悪だよほんと!」
「……じゃあ、」

俺と行く?そんな言葉が頭上で聞こえ、私はひとつ、彼の胸の中でぱちくりと大きく瞬きをする。

「……へ?」
「だって行く友達いないんでしょ?だったら目の前の俺と一緒に行くってのが一番丸くない?」
「い、いや……なんとなくそれは……、」
「何?」
「なんか悪くない……?」
「悪くない」
「悪くない……」
「一番丸い」
「一番丸い……」
「後、俺が嬉しい」
「嬉しい……」

もう一度ゆっくりと瞬きをして彼の顔を見ると、緋い瞳をこちらに向け、潤いのある柔い唇を三日月に曲げていた。そのまま顔を横に傾け、ダメ?と悪戯に歯を出して笑っている。ダメなわけが無いのだけど、そう言われてすぐに決めることが出来る訳もない。とりあえず悩んでみるのものの、現実的なのかなあとも思ってしまうし、私もただ加州の顔を見つめ返すだけになってしまう。

事の発端はといえば、現世の友人達三人でたまには温泉旅行でもして日頃の疲れを癒そうとした所謂ただの女子会である。なんやかんや私も全く休めていなかったので、戦績や今の本丸の状況を見て問題なしの判断を受けて有給を頂くことができた。二泊三日ほどのことだし、私がいなくとも皆は優秀なので特に本丸の心配はしていなかったのだけれど、事態はそれを飛び越えたまさかの展開となる。感染性ウイルスである。ココ最近ニュースなどを全く見ていなかったので知らなかったが、世間ではどうやらパンデミックのような現象が起きているようで、映画のごとく酷いパニックになっているらしい。「え、なに、ゾンビ的な?新型インフル的な?そんなやばいの?」と聞けば「新型肺炎で治療薬はまだない、世界はこのまま終焉を迎える」と低いトーンで言われた。さすがの私も何も言い返せなかった。終焉を迎えられるのはとても困る。ていうか深刻すぎて泣いた。そうなれば人の集まるテーマパークやらリゾート地は規制を行うわけで、さらに言えば感染が怖くなって外を出歩く人々も減っていき、イベントはことごとく中止となっていっているらしい。今回の温泉旅行もそのパンデミックが原因で無くなろうとしているわけだ。幸い、旅館側は普段通りの営業を行うらしいが、そんな事態になっているのだから温泉なんぞに誘うこと自体ナンセンスだろうし、さすがの私も深追いはできない。

「……楽しみにしてたんだけどなあ」

敷いてある布団に潜りこみぎゅっと体を丸めていじけたい気分である。目の前には加州のにっこりと笑った顔、人数の穴さえ埋めればなくなってはいない旅行、加州、本丸、温泉、
──温泉。

「……行こう」
「ほんと!?」

パァァと顔を輝かせた加州は「じゃあ準備しよう!」と言うと、私の腕を掴んでグイグイと歩き出した。突然のことに足がもつれそうになりながらも着いていくが、どこへ向かっているのだろうか。ていうか来週だよ?まだ早くない?

「えっと、かしゅ「あーー!あるじさん見っけーー!!」
「み、乱!?」
「ねえ、探したんだよ?ボクのこと置いてどこにいたの?」
「ちょっと……邪魔なんだけど」
「はぁ〜?ボク、加州には用事ないんだよね。ね、あるじさん。ボクと温泉行こ?」
「……へ?」
「は!?何で主がアンタと温泉に!」
「ボク見ちゃったんだよね〜ホントは来週友達と温泉行く予定だったんでしょ?でもそれが無くなったって手紙、ボク読んじゃった!」
「え、ええ……えええ」
「ね〜だからボクと温泉行こ?ダメ?」

甘えた声で加州が掴んでる反対の腕に体を擦り寄せているのは、間違いなく乱藤四郎である。た、確かに手紙はその辺にポイっと置いてあったかもしれないけれど……色々とショート寸前だ。チラリと加州を見れば、分かりやすく苛立っていて頬がひくついているし、反対に乱ちゃんは全く気にもとめてないようで私だけを見ている。しかしパニックは終わらない。

「あれ、主。夕餉の準備が出来た、よ……って報告しようと思ったんだけど」
「はは〜ん。こりゃあ驚いた……面白そうな匂いがプンプンするなあ」

少し先の柱から姿を見せた白い鶴、そして眼帯をつけた光忠、もう、勘弁して。

「……………だ〜〜〜!皆で温泉旅行に行きましょう!!!!」

半ば本気の叫びだった。

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