「……………だ〜〜〜!皆で温泉旅行に行きましょう!!!!」

その場を治めるべく叫ぶように温泉旅行の決意を表明したものの、ならば次は一体どの刀を連れていくのかという問題及び討論がその場で始まってしまった。

「は〜!?そもそも俺が主と一緒に行こうねって準備しようとしてたんだし!」「ボクだって早く気づいてたし!ね、あるじさん?」「聞いてしまったからには驚かせてほしいもんだなあ」「鶴丸うるさい邪魔」「主と温泉なんてずるいじゃないか。僕も混ぜてほしいものだね」「大人気ないよ、短刀に優しくできないわけ?」「それを言うなら年功序列だろう。きみに優しくする必要はないな」「そんなの言ったら俺が一番練度高いし」「知らないね」「右に同じくだ」「……何、やる?」「僕はかまわないよ?」「無理無理!ぜ〜ったいボク!」「いや俺だな」「僕も譲れないなあ」「主は俺と行きたいよね!?」

どうなんだ!と加州の言葉と同時に一斉に此方を向かれ「えっ、あ、うん、そうだね」としどろもどろな動きと返事、そしてとりあえずヘラァと巫山戯た笑顔を返した。その質問はさすがに責任重いよ。みんな、主はとっても困っているよ、気づいて。「ほーら! 別に加州とは行きたくないってさ!」あ、気づいてないなこれは。そもそも温泉旅行は女子三人で行こうとしてたのだし、はじめの加州と乱ちゃんだけならまだしも、後からやってきた鶴丸と燭台切もとなれば手配も話もまるで変わってきてしまう。何より今ここにいるメンバーだけで果たして決めても良いものか………鯰尾や堀川くんあたりにバレても後から五月蝿そうだし(何故ならこの本丸の経理を担当、牛耳っているのは堀川くんだからである)、温泉だったら鶯丸だって行きたいはずだし(この間内番をサボって茶を飲みながら「いい湯に入りたい」と言っていた、ていうかサボんな)、でもでも本丸総動員の温泉旅行となっても通常任務やノルマのことを思うと容易にはできない。
そら見ろ、こうやって考え出すだけでも骨が折れるじゃないか。ムムムと言い合う彼等を横目に思考を巡らすが、残念なことに良い解決策というのは思い浮かびそうにない。そりゃあ温泉は私だって行きたいけどさ……。悶々と悩みながらも結論的には、他の皆には申し訳ないけど此処にいる刀達だけで行くのが丸い気もしてくる。二人ほど人数オーバーだが、その程度の費用なら私のポケットマネーからでもどうにかなるだろう。よし、そうしよう。そうと決まればである。パンパンッ!と手を叩くと、皆の動きがピタリと止まり視線が集まる。


「他の刀達には悪いことしちゃうけど、埒が明かないし今回は此処にいるメンバーで行こっか。皆には上手いこと言っとくのと、皆も内番とか他の刀に代わってもらうなり自分で責任を負うように。分かった?」


ブワァと桜が舞いそうな顔で頷く刀達にフゥと息を吐いて「言っとくけど来週だからね!寝坊したら置いてくので!」と忠告して背を向けると、早速背後からはヤッホーイ!と騒ぐ声が聞こえた。なんだか不安いっぱいな温泉旅行になりそうなんだけど気の所為……?じゃ、なさそう。





ともあれである。
「わーーー! 最高じゃない!? エッ! 何これライオンの口からお湯が! スゴイ! バリって感じがする! よく分かんないけどバリって感じがする!」

キャーーーッ! となんやかんや目の前の空間に一番はしゃいでしまっているのは何と私であった。何を隠そう、私達が来ているのは今年度若者人気ナンバーワンの温泉スパ施設なのである。バリの空間を最大限に表現されているところがポイントであり、石畳の続く道の両脇にはヤシの木が植えられ、その様子はまるで日常とかけ離れた異界の地だ。その入口に立つやいなや、なんだかアロマセラピーを感じられるお香の匂い、そして丸く大きな噴水、そしてその中心にあるライオンを模した石像からは絶え間なく水が流れ出している。なんだこれ! よく分かんないけどすっごく高まる、薬研の言葉を借りれば滾ってる気がする! わ〜これだよ、これがしたかったの! 一人駆け出してこの空気感を存分に楽しんでいると、後ろから追いかけてきた乱ちゃんがスカートを揺らしながらニコニコと笑っていた。


「あるじさんすっごく楽しそう」
「そりゃあ楽しい……すっごく楽しい……!」
「ボクもあるじさんと来れてすっごく楽しいよ!」
「こんな場所で二泊三日もできるなんて……天国」
「ねえねえ、後でお部屋行ってもいい?」
「部屋?」
「うん!」
「べ、別にいいけど……なんで?」
「だってボク本当はあるじさんと同じ部屋がよかったもん」
「それはさすがに……ね?」
「それに! 加州と二泊も同室なんて耐えれない!」


そう言うと、彼はべーっ!と思い切り下まぶたを引き下げ、後ろにいる加州に舌を出した。そ、そんなに嫌だったかあ。なんか申し訳ない。普段同室の刀以外との相部屋はあまり好ましくないのかもしれないし、少し配慮が足りなかったかな。
さすがに全員が個室というのはコスパ的に微妙だったので私を除く刀剣は二人ずつのツインルームである。せっかくの旅行なのだし奮発すべきポイントだったのかも、なんか……ケチでごめん……。
しかしそんな思いも裏腹に、追いついてきた加州は乱ちゃんの頭をスパンと叩き「何ふざけたこと言ってんの」と一蹴した。ちなみに乱ちゃんの頭を容赦なく叩けるなんてそれもまた数少ない。当然叩かれた本人はブウたれていたが、一応そのまま鍵をそれぞれに渡し夕餉の時間になるまでは自由時間にすることを伝えた。特に異論もなさそうな鶴丸と光忠、そして加州に引きずられるように部屋に消えていく乱ちゃんを見届けて私も部屋に入ると、なんともそれっぽい部屋の雰囲気にテンションはハイパーマックスである。

わ〜〜このなんかよく分からないけどバリっぽい匂い、そして木目、そして照明、更にはベッド……最高だ! 靴だけを脱いでそのまま正面からベッドに飛び乗り、心地を楽しんでいれば自然と目は閉じ身体は脱力していた。

思い返せば審神者になり、はや半年。
季節は2つを過ぎ、仲間も増えてきて毎日は楽しい。ただこうやって息抜きはすることもなかった。偶に挟むくらいは大切なのかもしれないなあ。本丸に残ってくれている皆には悪いから、またこうやって機会を作らないとね。というよりしっかりと約束させられた者もいるのだけど。本丸を出る際の其々の送り言葉を思い出して苦笑する。
そうして優雅に一人の時間を楽しんでいると、コンコンーー入口から扉を叩く音がし、とろりと落ちかけていた意識が戻った。
気の所為かと思い暫く無視してみるが、再びコンコン、と音が鳴る。紛れもなく私の部屋の前には誰かが立っているということだ。そういえば、乱ちゃんが後で部屋に来たいとは言っていた気がするけど……まさか本当に来た?ベッドから起き上がり恐る恐る扉を開けば、その隙間から見えるのは予想もしなかった真っ白な世界。

「やあ、きみ。俺が来て驚いたか?」
「お、驚くも何も……いや、そうだね、吃驚してるかも」
「まあ、折角非日常なところへ来たんだ。どうせならもっと驚きを受け入れに行こうじゃないか」
「え、嫌な予感がする」
「気の所為だ」

何だかとても嫌な予感がした私は扉を閉めようと力を入れる。しかし、鶴丸は意味の含んだ笑みを浮かべたと思えばあろうことか僅かな扉の隙間に足を滑らせ、私の手首をガッツリと掴んだ。ヒィ! そのまま引き摺りだされるように腕を引かれどこかへと連れていかれている。
「え、えっ」待ってくれ、君は満足そうにしているけどこちらは驚く時間さえも与えられていないよ。ていうか靴も館内スリッパも履いてないから私今靴下なんだけど分かってる? いや分かってないな。歩く度にひんやりとした地面が薄い布越しに伝わっているんだけど、分かっていないな。
私の意思は気にしていないのか気づいていないのか、はたまた両方なのか、目の前の鶴は私の戸惑いに見る目もくれず、そして明らかな目的を持って前進している。それでも小声で文句を言いながら歩いていると、至極どうでも良さそうに振り向き視線を寄せ「そんなに気になるなら抱き抱えてやろうか」などと口にするので口を結んだ。
ミッフィーさんである。一体どこへ行くの……あと光忠はどうした……予想外すぎる人物と展開に色々と思うことがありすぎる。でもここで足を止めるのを野暮な気がして、大人しく彼の背を追いかけるのだった。

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