別に躊躇していたわけじゃない。仮にこの関係が崩れようとも、俺としては逆に好都合であるし、何より伸び伸びと気兼ねなく動ける。むしろ早く崩れてれれば、名前の気持ちもきっと楽になるだろう。ぐちゃぐちゃと跡形も残らないくらい、自分の手ではどうすることもできないこの壁を、きれいさっぱり壊してしまえば苦い薬も自然と甘くなる。そう、今まではただ様子を見ていただけだ。ぬらりくらりとライオンのようにゆっくりと近付いて、一発で仕留めるチャンスをこの目で伺っていただけ。
他の女の子を手当たり次第喰いまくってるのも、名前に手を出す前の予行練習みたいなもんだった。色んなタイプを試して、どれが一番名前に合うか想像する。これだと思ったやつには、ありったけの愛情を注いでやった。ガラス越しの愛情を。

考えを否定されるかもしれないという恐怖も特にはない。ただ1人真ちゃんは面倒臭そうな顔で「いつか刺されるぞ。見舞いには行かんからな」と呟いたけど、それもきっとあいつなりの心配の仕方なんだろう。
だから俺は別に気にしない。例え世間から批判されたとしても、これはこれで1つの愛情表現だと思っているから。それに愛に決まりなんてないだろ?一方通行な想いが許されるなら、俺のこの気持ちだって許されるはず。だから、この瞬間を逃す気なんて更々ない。


「ちょ、なにして」
「ビビってんの?かーわい」
「じ、冗談キツいって。止めてってば」


強気な口調だが、どこか怯えたように俺の肩を押す名前の手首を掴んで、そっと口付けた。透き通ったように白く柔らかい肌は、俺の中の何かを増幅させる。そのまま強く力を込めれば、いとも簡単に名前はベッドへと背中を沈めた。
男女の体格差も力の違いも今まであんまり意識したことなんてなかったけど、改めて男で良かったと思う。この潤んだ目も少し震える唇も無垢な身体さえも全て、俺だけのものに出来るのだから。


「な、何。急にどうしちゃったの?ねえ、ねえったら」


不安気に眉を潜める名前の髪をそっと撫でて、ぷっくりとした唇へと視線を移す。何かを悟ったように口元を隠そうとした名前の手をもう片方の手と一緒に纏め上げた。あー、いいわその顔。すげえゾクゾクする。


「俺さ、最近気付いた事あんだよね」
「‥‥な、に」
「もう止めらんねえわ。まあ止める気なんて更々無かったけど」
「ちょっ、と‥‥、ひっ」
「んー予想通り。やっぱスベスベ」


目尻に溜まった涙をベロリと舐め上げた。驚いたように身体を捩らせる名前の肩を押さえながら、目元に唇を寄せる。や、めて。微かに聞こえる拒絶の声も今は高揚している俺の気持ちに届かない。
あるのは確かな、歪んだ愛の形だけ。


「おかしいよ‥‥っ私達家族、なんだよっ」
「それ以前に男と女だし」
「そんなの絶対っ、」
「しー。静かにしないと皆にバレちゃうぜ?」


いたずらっ子のように人差し指を口に当てると、名前は泣きそうな顔で下唇を噛む。ソッと耳を澄ませれば下から聞こえてくる騒ぎ声。時折ガシャンと何かが割れるような音がして、思わずプッと吹き出してしまった。ったくどいつもこいつも一応人様の家なんだからちょっとくらい遠慮しろっつーの。


「っ‥‥先輩と付き合ってたんじゃないの」
「うん」
「ならどうし、んっ」


言葉ごと飲み込んだ。
ずっと触れたいと思っていた唇は予想以上に柔らかくて、伝わってくる熱が俺の頭を溶かしていってしまいそうになる。嫌がる名前の顎を掴んで何度も何度も。やっべ‥‥、ハマりそう。それでも名前は抵抗を止めない。でも俺からすればそんな抵抗も、弱いウサギが身を守るために必死なんだと思えば可愛くて仕方がなかった。さて、どうやってこの震える体をほぐしていこうか。貪るようにしていた唇から一旦離れると、ツーと透明な糸が垂れる。それはあまりにも官能的で、ああ、俺はついに一線を越えたのだと囁かれているようで。
苦しそうに頬を赤く染めて息を荒げる名前を見下ろすと、ペロリと上唇を舐めた。こんなにも吸い付くような白い肌をどうやって俺の色に染め上げよう。そう考えただけでドクドクと興奮したように胸が高鳴る。


「っさ、いてい」
「残念。それ誉め言葉」
「何、でっ私達は」
「はいはい家族だろ?分かってるよ。確かに表面上は兄弟だなっと」
「‥‥表面、じょう?」
「あ、そっか。名前は知らないんだっけ。俺達さぁ、」


血繋がってないんだって。ニコリと嘘臭い笑みを浮かべて、名前の髪を優しく撫でる。「う、そ」話に着いていけていない名前は目を見開いて首を振った。でもそれが真実なんだよな。


「だからさ、ぶっちゃけ家族とか関係ないわけ。子供も出来るし頑張れば結婚だって出来んの」
「‥‥あ、ぅそ」


絶望したように名前の力が抜けていく。抵抗する気も失せたのか、それとも今は何も考えられないのか。どちらにしろ、俺を受け入れるということ。きっと泣くんだろーな。それも人前ではなく、誰もいない場所で。考えれば考えるほど名前の全てが愛しいと思えて、思わずニヤニヤと口元が緩む。そう、これ。この感じ、俺がずっと求めてたのってこれだわ。


「だからさ、"お嬢さん"」
「っぁ」
「今日は全部忘れて俺と楽しいこと、しよーぜ?」

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