ふんふんふふーふん、とこの前から頭の中を反芻して止まないベニーランドのCMソングを鼻歌で歌いながら、2つ先の教室に向かう。3年3組、そこが俺の彼女がいるクラスだ。特に何か用事があるってわけじゃないけど、そういえば午後になっても今日はまだ名前ちゃん見てないなと授業中にふと思い出してから会いたくなり、こうして足を運んでいる次第である。

3組の後ろのドアから教室を覗き込んでみれば、一目で彼女を確認する事ができなかった。人混みに紛れた名前ちゃんを遠目でだって見つけられる自信があるこの俺が、まさか人数も大して多くなく、その上スペースが限られている教室で見落とす筈なんてない!そう焦って視線を教室の至る所に散らしながらキョロキョロと見渡すも、やはり名前ちゃんは居なくて。10分しかない授業合間の休み時間に一体何処へ行ったんだ……トイレ?なんて疑問を抱えながらドアの前で思案していたら、後ろから「及川ジャマ」という声が聞こえた。


「あっ、マッキー!名前ちゃん知らない?」
「名字ならさっき及川の教室に行くって言ってた気がしたけど、なんでお前がここに居んの?」
「はー?なんで入れ違い?!」
「あはは、ザマァ」


けらけらと笑いながら肩ポンしてくるマッキーの手を振り払い、両手で顔を覆い項垂れる。彼女に会いたい想いが裏目に出てしまった。こんな事なら先に教室行くからって名前ちゃんにLINEでもすれば良かったと深い息を吐き出す。


「つーか及川よ、俺と一緒に居ねぇで名字に用があんなら早くした方が良いんじゃね?休みあと5分位しかないけど」


呆れた声でそう言ったマッキーに気づかされ、頭を垂れていたのをバッと音が鳴りそうなくらい勢い良く上げ、3組の教室黒板上部に掛けられた時計を見る。既に長針は休み時間残り5分を切っている事を示していて、こうしちゃいられないと先生に見つかったら確実に怒られるくらいのスピードで自分の教室に駆け足で帰る。大抵うちのクラスのドアは開いている事多いというのに、こんな時に限ってぴったりと閉められていて。なんでだよ誰だよ閉めたやつ!と苛立ちからくる盛大な舌打ちと同時に、怒涛の攻め入りの如くガラッと音を立ててドアをスライドさせる。さて彼女は教室にいるのか?と見渡しながら教室に入れば、窓際の一番後ろの席……つまるところ俺の席に名前ちゃんは頬杖をついて窓の外を見ながら座っていた。

開いている窓から入ってきた緩やかな風によって彼女の髪がフワリと揺れ動き、太陽の光のせいか名前ちゃんがキラキラ輝いているかのように見え、胸がぎゅっと締まるくらいの愛おしさがこみ上げてきた。何も付き合いたてってわけでもないのに、こんなふとした瞬間の彼女を愛おしく思うのは会いたかったと思っていたからか、それとも俺が溺れるくらいの愛を名前ちゃんに感じているからなのか。溢れそうになるくらいの愛情を、此処は学校だからなんて自分に言い聞かせて押し込め、彼女の名を呼びながら近づき自分の机の上に腰掛けた。


「あ、やっと戻ってきた」
「いやさ、俺さっきまで3組の教室に行ってたんだけど入れ違いになっちゃってたみたい。名前ちゃん、俺になんか用あった?」
「いや特にないんだけど、今日まだ及川に会ってないから顔見たいなって思って」


そういって顔を緩ませ、へらっと笑う彼女に俺はまた堪らなく愛おしさが溢れてきた。今の笑顔にもそうだが、俺と同じ思考でいてすれ違いを起こしてたって事に何故かまたぎゅっと胸が苦しくなる。さっき頑張って押し込めた筈の愛情が決壊してしまい、キスしたくなって名前ちゃんに腕を伸ばせば、体を仰け反らせて躱された。


「クソ川、ここ何処だと思ってんの」
「え、教室」
「今キスしようとしたでしょ」
「なんでわかったの?名前ちゃんエスパー?」
「エスパーでもなんでもない。だって……」


だって……に続く後の言葉がもごもごとしてて聞き取れない。なに?と今度は耳を澄ませて聞こうと聞き返せば、無言で答えてくれない彼女に俺は口を一文字に結んで頬を膨らませる。え、なんかそんな変な行動したっけ?とさっきの行動を頭で思い返していれば、ガタガタとけたたましい音を立てながら名前ちゃんは椅子から立ちあがった。


「も、もうチャイム鳴るから帰る!」
「ちょ、名前ちゃん!」
「また後でね」



俺に間髪入れさせないように早口でそう言った後、彼女は一目散に逃げる兎のように俺から逃げて3組へと戻っていた。そんな名前ちゃんの行動に俺は気が沈んでしまい、その後の授業で話す先生の内容は全くってほど頭に入ってくる事はなくて。俺は板書を書き写す事を放棄し、名前ちゃんの名前をノートの隅に書いてはぐちゃぐちゃに塗りつぶしては消してを繰り返した。










だってキスされるかと思った





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