高校生の頃にバレー部で一緒に汗水を流した彼と再会したのは今からほんの7時間ほど前の事。

っていうか…何でこうなった?

 先ほど眠い目を擦りながら起きてみると、私は知らない場所に居た。ぼーっとしたままの頭で考えても何も思い出せない。と、その時だった。私の指先に暖かいものが触れた。びくりと体が揺れる。そして恐る恐るその方向へと視線を向けると……私の隣にはぐっすりと眠り込んでいる彼の姿があった。
 びっくりして急いでベッドの上へと飛び起きる。そこはいわゆるホテルと言われる部屋の一室のようで、大きなベッドの上に座り込む私、もう一度彼の方へと顔を向けると、先ほどと同じ姿勢のまま眠りこけていた。

どういう事なの?

 そして、急いで自分の着ているものを見る。ジャケットを脱いでいる事と、ブラウスのボタンは数個外れているものの、他はこれといって変わりはない。
 隣で寝ている彼、月島はといえば、私と同じく、カッターシャツのボタンを数個外してはいるが、ネクタイを外している事と、ベルトを緩めている事以外は会った時と変わらない。

 うん。ちゃんと着るものは着ている。大丈夫。だけれど、何で?考えただけで頭がクラクラする。何も記憶が無いし……。

 月島を起こさないようにベッドからそっと抜け出て自分の鞄を探す。すると部屋の隅にあるソファの上にちゃんと置いてあった。ソファの上には私の鞄の他に隣に月島のネクタイとスーツの上着が綺麗に背もたれに掛けてある。
 そして、ソファの前にある机を見ると、見覚えのある腕時計。就職して一番最初にもらったボーナスで奮発して買ったブランド物の私の時計だ。

 それにしても、いつ外したの?私…

 机の上から腕時計を取り、今が何時か確認してみる。そしてその時間に驚くそう、今は深夜2時を回った所だった。




 取引先の相手としてやって来た営業マンさんが月島だと知り、思わず話しに華が咲いた。その効果かはわからないけれど、商談が上手く行き、そのまま一緒に飲みに行こう…という話しになった所までは覚えている。
 一緒に近くの居酒屋(というのが色気ないですよね…)に行き、お酒を飲みながら高校時代の話しをしていたのは覚えている。今、日向くんは商業団のチームで頑張っているとか、影山くんは地元でも有名な会社のチーム所属になり、県代表選手だとか、山口くんは学校の先生になって今は強豪校の監督だとか…。で、月島は?という所で私の記憶が途切れた。
  
 はて?何でだ?

 そんな事を考えていると、背後に気配を感じて、急いで振り向く。すると、月島が眠そうな顔をしてベッドから身を起こして私に言った。

「何してんの?今、何時?」
「2時…」
「そう、良かった。まだ帰れる…」
「そ、そうだね…うん」

 たどたどしく答えると、私は手元の時計を腕にはめた。この沈黙が辛い。私、何かご迷惑をかけた?月島と何でこんな所に居るの?…そして、一番気になるのは、何かあった?!という事だ。

「どうしたの?」
「いえいえいえいえ、なんでもございません!」
「何で棒読み?しかもこっち見ないし…」
「そ、そんな事ないよ…」

 すると月島がニヤリと口元を緩ませた。あー。変わらない。高校生の頃から同じ笑み。何かたくらんでいる時の悪い顔だ…。たらりと汗が額から流れ落ちた気がした。足下が寒くなって、自然と頭が下がって行く。

「僕と大瀬さんの間に何があったか気になってるんでしょ?」
「気にならない!」
「そう?本当に?」

 ギシリとベッドの音がして月島が私の方へと近づいて来る。そして、目の前のソファへと手を付き、顔を近づけた。

「そっかー。まあ、大瀬さんが気にならないのならいいよ。別に」
「う…」

 そのまま月島は私から顔を逸らすと、ソファの上に置いてたままのネクタイを首に掛けた。

「あの…、私…その…記憶が…」
「あー。大瀬さんって酒癖悪かったんだね。意外」
「悪くないですよ!いつもは!」
「そう?凄い量飲んでたよ?僕止めたのにさ」

 彼は話しを続けながら器用にネクタイを結んで行く。そんな月島の長くて綺麗な指を見ながら何とも言えない気持ちになる。

「あ、ちなみに、心配してるような事、なんにもなかったから」
「え?そうなの?」
「当たり前じゃん。今更大瀬さんと何でそんな関係にならなきゃなんないの?面倒でしょ?」

 面倒という言い方が少しだけ気になったけれど、何もなかったという事に、心の中がすーっと軽くなるのがわかった。良かった。それと同時に力が抜けてストンとソファに座り込んだ。

「あ、でもさぁ…。これ」
「え?」

 月島が差し出した方を見ると、腕時計の盤にヒビが入っている。しかも高そうな時計だ…。何か意味があるのかと思って聞いてみると、彼はまたいたずらな顔で笑った。

「これさぁ…、大瀬さんに壊されちゃったんだよね」

 また私の顔から血の気が引いていく気配がした。

★付箋文★



 本当にヤバい。何でこんな事になってしまったのだろう。自宅に戻って、シャワーを浴びると、一気に疲れが出て来た。そしてベッドに寝転がると、目を閉じた。体は疲れているというのに、まったく眠れる気がしない。

 高校生の頃からずっと好きだった、月島。久々に会って私のテンションが凄く上がっていた事は認める。けれど、いつもは呑まれないお酒に呑まれてしまい、挙げ句の果てに記憶を無くしてしまうなんて…。そして月島の腕時計を何故か破壊…。一体自分の知らない所で何があったのか誰か教えて欲しい。けれど、知っているのは月島だけ…という事で。これ以上聞ける訳ない。しかも、もし月島に聞いたとしたら、自分でも知りたくもない事が更に出てくるのではないかと思う。

「ああ…。穴があるなら入りたい…。というかこのまま貝になりたい…」

 布団にくるまったままそう呟くと、本日何度目かもわからないため息を付いた。







「酷い顔だ…」

 翌朝、鏡の前に立ってぽつりと呟いた。結局あれから一睡も出来ず、朝を迎えた。顔が酷いし、頭痛いし…なんて思っても仕事だ。休むことなんて出来ない。これが学生の時だったら迷わず休んでいたな…なんていう酷さ。
 とりあえずマシになるかもわからないけれど、お化粧で目の下のクマを隠すと、気合いを入れるように一番お気に入りの服を着て自宅を出た。









「昨日はどうでした?」
「どうって?」
「月島さんですよー」
「つ、月島がどうしたの?!」
「どうしたんですか?そんなに慌てて。確か同じ高校の同級生って言ってましたよね?」
「…うん」

 会社のデスクに着くと、すぐに隣の席の一年後輩の花菜ちゃんが声を掛けて来た。何を知ってるの?なんて思っていると、どうやら一緒に同行していた上司の中田さんに聞いたそうなのだ。私は昨日の月島との取引の後は直帰だったので、その後そんなやりとりがあったなんて知らない。

「あー。あの後、飲みに行ったよ」
「えー。それだけですか?」
「う、うん…」
「本当ですが?月島さん、すっごいイケメンだったって言ってましたよー。中田さん」

 中田さんー!いらない情報流さないで下さい!なんて思っていると、目の前の席に話しの発端、中田さんが「おはようさん」と言って楽しそうに座り込んだ。デスクの上を片づけながら中田さんは私に問いかける。

「昨日はお疲れな。大瀬。おまえのおかげでかなり商談進んだわ。上手く行きそうだな」
「ありがとうございます」
「それにしても、おまえの同級生の月島さんって凄いなぁ。あれ、かなりのやり手だろ?」
「そうですか?結構性格大変な感じですよ…」
「まあ、おまえ達のお陰でこのプロジェクト、いい方向へ行ったといっても言い過ぎじゃないからな」
「ありがとうございます」
「んで、お互いの会社からお前と、月島さんで主に企画立ち上げて欲しいってことになってさ。今日、行けるか?」
「あ…。今日はちょっと…」

 昨日の今日でまた月島に会わなくてはいけないなんてたまったものじゃない。仕事だから仕方が無いけれども、まだ決まっていない話であるならば、今日はお断りしたい所だ……。そんな事を考えながら先の言葉を選んでいると、中田さんが私の予定を確認した。

「お前、ちょうど何も入ってないじゃないか。今日先方さんの会社に行ってくれな」
「ええええーーーー!」
「嫌なのか?それともあの後何かあったのか?!」
「ないです!あるわけないじゃないですか!それってセクハラです!中田さん!」
「なんだか余計に怪しいな……その言い方はさ……」
「ほんっとーに無いです!!」

 二人に揃って同じ事を聞かれたのでは本当にたまらない。私はとりあえず今日のお昼までにデスクで出来る仕事をすると、資料をまとめて月島の所属する会社へと足を運ぶ事にした。

 何でこんな事になるかな…。まあ、腕時計代を弁償しなきゃいけない時点で彼との縁はまだまだ切れないのはわかっていたのですけれども…。


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「ふぅ……」

 月島の勤めている会社ビルの前で足を止めると、本日何度目になるかわからないため息を吐く。地元でも有名な大企業。高校生の頃から成績の良かった月島は有名な都内の大学へ進学し、卒業と同時に東京へ本社を置くこの会社へと就職したそうだ……と、昨日言っていた気がする。

 ビルを見ながらそんな事を考えた後に、腕時計を見る。彼との面会時間は午後3時から。時計の針はあと15分で約束の時間になる事を告げている。流石にもう足を運ばないとマズいな……。私は意を決するように手に握りしめていた鞄の肩紐を握りしめると、ビルへと続く正面玄関前の通路へと足を踏み出した。



 自動ドアが開いた瞬間に屋内からすーっと冷たい風が吹いて来て、緊張の為か、暑さの為かわからないけれどいつの間にかかいていた汗が引いて行くのを感じた。受付へと足を運び、月島との面会の事を説明する。受付の女性はとても綺麗な人で「ああ。桐谷さんですね。月島から聞いております」と告げると、手元の電話のボタンを押した。数十秒の会話の後に「5階の第二会議室へどうぞ」と言われ、頭を下げた。

「可愛い子だったなー」

 後ろに受付嬢の視線を感じながらエレベーターのボタンを押し、開いた方のドアへと滑り込んだ。5階までへはあっという間だと思うのに、その時間が何故か長く感じる。一人エレベーターの中で、彼と一体どんな顔をして会えばいいんだ?とか、今日着ている服はいまいちじゃないかとか、顔のコンディション最悪だったんだ……とか、本当にどうでもいい事を考える。

「ああーー!降ります!」

 一人でそんな事を考えていると、いつの間にか目的の階に着いていたようで、危うく誰も降りないだろうと判断した親切な人にドアを閉められてしまう所だった。
 急いでエレベーターから小走りに降りると大きく息を吐き出す。と、その時だった。聞き覚えのある声と同時に笑い声が聞こえる。ゆっくりとその方向へと顔を上げると、目の前には月島が片手に書類を抱えて立っていた。

「大瀬。昨日ぶり。いや、今朝ぶり?」
「あ、そうだね……。うん」
「何焦ってんの?」
「焦ってないよ。うん。エレベーターを降り忘れそうになったから急いだだけ」
「それ、焦ってるって言うよね?」
「…………」

 もう、これ以上言っても口で彼に勝てるとは思えない。潔く月島の言い分を認めるべきだと思う。

「ちょっと焦ってた」
「でしょ?んじゃ、行こうか?」
「はい」

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 月島の後ろを少しだけ距離を開けて歩く。私と彼の足音が掃除の綺麗に行き届いたオフィスの廊下に響く。会議室までそのくらいの距離があるんだろう?早く着かないかな?この沈黙と二人の時間に耐えられない……なんて思っていると、今まで私と同じくらいの速度で歩いていたはずの月島が目の前で立ち止まる。急に立ち止まった月島にぶつかりそうになったから急いで歩みを止めた。すると、彼は私の方を向いて言った。

「あれから寝れた?」
「……あ、えっと。ちょっとだけ」
「ふーん」

 それだけ言うと月島は私の隣へと移動する。なんだか昨日会った月島とも、今まで高校で一緒だった彼とも違う人のような気がする。月島ってこんな感じだったかな?今まで会っていなかった年月はやはり大きくて、人を変えてしまうのに十分な時間だったのだろう……きっと。そんな事を思う。

「大瀬ってさ、相変わらずだよね?」
「相変わらず?どういう事?」
「高校の頃と変わんないって事」
「そうかな?」
「別に誉めた訳じゃないから勘違いしないでよね」
「してないよ。大人になったねとかって言って欲しいもの」
「僕、嘘は付けないし……」

 そう言って月島は高校生の頃には見せた事の無い顔で笑った。やっぱり私の知っている彼とは違う人だ。私はきっと月島の言うように何も変わっていなくて、月島は大人になってしまったんだ。会えばいつでも高校生の時に戻れて、あの頃のままだとなんだかずっと思いこんでいた自分がアホみたいだと思った。
 私の知らない間に彼はいろんな経験をして、きっと私が知らない人へと成長している。ってことは、やっぱり居るよね……彼女……。ああ、もう、本当に自分が嫌になる。何でいつまでも引きずってるんだって。大学に入って、少しかっこいいなって人が居て、つき合ってみようかな?とも思ったし、本当に数ヶ月間つき合ったりもした。誘われて一緒に遊びに行った人だって居る。けれども、どこに居ても、誰と居ても月島の事を思い出してしまって、やっぱりうまくいかなかった。

「どうしたの?」
「ううん。何でもない」

 ちらりと、隣を歩くスーツ姿の月島を見て、私の胸は大きく高鳴る。もう会う事も無いだろうし、このまま私はいつか今の自分の知らない人と恋愛をして、結婚して幸せな家庭を作って行くんだって思っていたというのに、このタイミングで彼に会ってしまうなんて。
 今までの数年間はまるで無かったかのように彼の事が好きだった時の気持ちが胸にいっぱいになるんだからたちが悪い。

「あ、着いた。じゃ、よろしくお願いします。大瀬さん」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。月島さん」

 会議室の扉の前でお互いに向き合って、当たり障りの無い挨拶を交わす。何だかお互いに向き合ってよそ行きの挨拶なんてしていると、笑いがこみ上げて来て、反対にこれから会議どころでは無いのでは無いかと……思った。

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 会議の内容は昨日と同じくスムーズに進んだ。月島はスポーツウェアの開発担当で、私はその新しく世に出る予定のウェアを宣伝する立場だ。いうならば私の会社のクライアントが月島の会社、そして、彼の担当する仕事という事だ。

「これ、いいですね。とても動きやすそうですし、カラーも色々な展開があって素敵です」
「ありがとうございます。多くの方のニーズに応える事が我が社のコンセプトですから」
「で、これはどちらかというと女性向けに売り出すのでしょうか?それによって入れるキャッチフレーズ、デザイン、そして、起用する女優さんが変わって来るので」

 そんな事を真剣にディスカッションする。今までの月島と私の会話はまるで無かった事になっていて、この空間は本当に仕事の為だけに必死でお互いの商品を売る事を一番に考えている。

 私の中にこんなに情熱があったかと言えば自分でもよくわからないし、月島もこんなに熱く語る人だったかな?なんてまた本日何止めに感じた違和感かもわからない。と、数時間話し合いをしたところで、会議室のドアが開いたと思うと、先ほど受付に居た綺麗な女性が入って来る。そして、私たちの前に紙コップに入ったコーヒーを綺麗な音の人らしい仕草でゆっくりと置いて行く。私の前にコーヒーを置いてくれる瞬間に見た彼女の伏せめがちな瞳と、まつげの長さは、女の私でも見とれるほど美しいものだった。こんなに素敵な女性が私と同じとは信じられない気分だ。……と、同時に今日のすべてのコンデションが破壊的に酷い自分を見て嫌な気分になった。

★付箋文★


 それから数時間の話し合いの末、なんとか話しが纏まりだしたのは、時計が夜の7時を回った頃だった。あっと言う間の時間で、私はとても有意義な時間を過ごした気になっていた。それは月島も同じかはわからない。とりあえず、今日の書類を纏めて、後日パソコンで綺麗に表なサムネイルなどを作り、また改めて伺う旨を伝えると、私は自分の大きな革の鞄に書類を詰め込んだ。そして、大きく礼をして会議室を後にしようとすると、月島に呼び止められる。

「大瀬!さん……」
「はい?何ですか?月島さん」

 もう、会議室から出ようと鞄を肩に掛けて足を踏み出した瞬間だったから、その呼びかけにびっくりしながらも平静を装う。

「あの、この後、もう少しいいですか?話、もう少し詰めときたいと思って……」
「はい」

 意味がわからない。だって、今日はここまでで、明日からは数日お互いに自社でアイデアを出し合うって事にまとまっていたから……、でも、何だかせっかくの申し出を断る事もできずに、私は月島が会議室を出て来るのを待った。
 なんだか急に緊張が溶けたのか、それとも昨日の寝不足がたたったのか、足に力が入らなくて、ふわふわとする。あと少しだから頑張ればいいのだけれども、頑張れるかな……そんな事を考えながら月島を見ていると、彼が私の方へと急いで駆けて来た。

「ごめん。大瀬。じゃ、行くよ」
「どこへ?」
「後で言うから、今はちょっと待ってて」
「ええ?」
「一応、ここ会社だしさ」
「……うん」

 私は訳がわからずに月島の後に付いて廊下を歩く。来た時と同じ様に月島の靴の音と私のヒールの音が静かなオフィスの廊下に響いた。それはなんだか行った事も見た事も無いのだけれども、月の表面を歩いている状態と少し似ているのでは無いかと思う。暗く、高層ビルの窓ガラスから見える景色はまるで星空の中を歩いているようで、今、自分の立っている場所が地球の一部だってなんだか思えなかった。長い会議で頭がぼーっとしていたせいだと思うけれども、宇宙ステーションにでも居るような、そんな不思議な気分だった。

★付箋文★

「大瀬!ごめん。遅くなった」
「いいよー。別に」

 私は月島の会社の休憩室で一人、缶コーヒーを飲みながら時間を潰していた。あれから少しだけ自分のデスクに戻って来ると言った彼。少しだけと言っていた割にはかれこれ20分程待っていて、私はその間手元のスマホでハマっているゲームをしていた。でも、今はそのゲームはただの緊張を和らげる為になにも考えないように……という一つの道具でしかなくて、それでもこれから月島と二人で会うという事実に心臓がうるさく音を立てていた。
 けれども、あんなに緊張していたというのに、彼に合うと自然と素っ気ない態度になってしまうのだから本当に不思議だ。
そんな事を考えながら、声のした方向を見ると、スーツ姿の彼がネクタイを少し緩めながらわたしを見ていた。その視線が何だか恥ずかしくて、目を逸らした。

(わすれていたけれど、そういえば月島とあんな事があったばかりだった)

そう、今にもまでは仕事だったからわすれていたけれど、いくら何もなかったとはいえ、彼と同じベッドで数時間を共にしていたのだ。顔がかーっと熱くなる。少しだけ下を向いて唇を噛み締めていると、月島の笑い声と共に頬に冷たいものが触れた。

「コーヒーで良かった?しかも甘いやつ」
「う、うん!甘いのが好きだから」
「やっぱね。大瀬、甘いもの好きだったと思ってさ。こどもだね」

そう言いながら月島くんが笑うから、思わず口を尖らせて「月島くんだってショートケーキ大好きじゃん!」と言い返してしまう。そうだ。ショートケーキ男子にそんな事で笑われるなんて少しだけ屈辱……。



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