04
美咲が醸す雰囲気は、痛かった。
誰もが畏れを抱き、萎縮してしまうほどに。誰も、何も言えない。
本来ならば一人の少女に抱くことはない感情がその場全員に植え付けられ、美咲は冷笑する。
そんな張り詰めた空気の中、燿太は小さく息を吐き出して踵を返した。
それに気づいた少年が声をあげる。その声は不安を孕んでいた。
「待って! あの人のこと置いていくの!?」
少年の瞳が揺れる。美咲の負けを危惧しているように泳ぐ瞳。
しかし燿太は少年を一瞥し、また歩みを進める。
そのまま、言った。
「負けねえよ」
「……え?」
小さな、しかしハッキリとした声が少年の耳に届く。
それは間違いなく燿太のもので、しかし先程までとはまったく違う声音。
例えるならば、強大な力を持つ――そう、ドラゴンの唸り声ににたような、低く、威嚇するような、それでいて慈愛に満ちた声。
それに気づいて、少年の足が後ずさる。しかしそれでも危惧することは変わらない。
「で、でも! 万が一ってことも……!」
「万が一……?」
幾分かつまらなさそうな声をあげ、燿太は欠伸を漏らす。目に浮かぶ生理的な涙を拭う素振りを見せるものの、それを行うことはしなかった。
振り替えることすらせず、燿太はただ淡々と続けた。
「ねえよ、万が一なんてもんは。あったとしても――」
彼の口許に淡い笑みが浮かぶ。果たして、それに気づいたのは何人いたのだろうか。
そんなことは、誰も知らない。ただ、気づきはしなかったが、美咲は勘付いていた。
「俺が守るだけだ、ずっとな」
「え……」
「……おい美咲、行ってくる≠ネ」
「うん、いってらっしゃい=v
その言葉に、少年は少しの違和感を感じとる。
行ってくる?
行ってらっしゃい?
さも当然のように行われたやり取りだった。
しかし、普通に考えてみればどこかずれている。
こんな人生をかけたようなデュエルに、あの青年――すなわち燿太は見捨てるかのようにこの場を去ろうとした。
それに加えて美咲は笑顔で見送った。
それが意味することを、少年はまだしらない。
「じゃぁ、お兄さん、デュエル、はじめましょう。
先攻はどうしますか? 私は挑戦者ですので、勿論どちらでも構いません」
綺麗な笑顔を作って、ただ淡々と語る姿はどこか恐ろしい。
一瞬男はたじろいだが、ここで負けてはならぬとすぐに体制を立て直す。
男は賢かった。しかし賢明ではなかった。恐れを抱き、それを見せぬこと事態は正しい。だが、美咲相手にはそうするべきではなかった。
美咲が少女だからといって侮るべきではなかった。
少女であっても美咲が相手だからこそ、男はデュエルをするべきではなかったのだ。
「先攻なら譲ってやるよぉ。
お嬢ちゃんみてえな餓鬼にはそんぐらいのハンデが必要だろ」
卑しい笑顔を浮かべて語る男に美咲は微笑を浮かべるまま。
動揺もしない美咲の姿に少年はただ感心するだけだった。
「では、お言葉に甘えさせていただきますね」
にっこり笑ったまま、デュエルディスクを展開してデッキに手をかける。
カードをひき、口元の弧を歪めたその時。
「――デュエル」
声から一切の明るみが消え、口元は固く一文字に結ばれた。
目は笑うことを忘れ、十三の少女の目付きに見えないほどに鋭い。
慈悲だからこそ冷酷な天使を彷彿とさせる。そしてそのイメージは間違っていないと、後に叩きつけられることになることは誰もまだ知らない。
少年の背筋が凍る。
自分に向けられていないはずの敵意が、痛いほどに突き刺さった。
「私のターン、ドロー。
私は手札から《天界魔女 リリス》を召喚」
美咲がカードをデュエルディスクにセットしたと同時に、紫目の妖艶な意匠をした女性が現れる。
勿論それは精密に映し出された映像――ソリッドヴィジョンだが、まるで本当に存在しているかのように思える程だった。
おそらくそれは前述した美咲の力――追々説明していく――が関係しているのだろう。
そんなことを知らない少年はそのモンスター、リリスを見てただ感銘を受けるだけだ。
少年心で素直に、"綺麗"と――。
☆3
ATK 1500
「カードを伏せて、ターンエンド」
通常、このカードゲームには
カードをドローするドローフェイズ
効果処理をするスタンバイフェイズ
モンスター召喚、魔法、罠の発動を行うメインフェイズ1、2
バトルを行うバトルフェイズ
ターンを終了するエンドフェイズ
が存在する。
が、先攻の1ターン目――すなわち、先程の美咲にはバトルフェイズを行う権利が発生しない。
故に美咲はメインフェイズ1でモンスターの召喚とカードを伏せ、エンドフェイズを行った。
これで美咲のフィールドには《天界魔女 リリス》と伏せた魔法若しくは罠カードが存在することとなる。
そしてそのままエンドフェイズから、相手のドローフェイズへ移行する。
「俺のターン、ドロー!
俺は《俊足のギラサウルス》を特殊召喚!」
☆3
ATK 1400
「……そのモンスターは確か、通常召喚を特殊召喚扱いに出来るんだったっけ。
その際のデメリットは、"相手は墓地からモンスターを特殊召喚する"。
でも私の墓地にモンスターは存在しないから、デメリット無しで特殊召喚、か」
「ふん、よく知ってるじゃねえか。が、まだ終わらねえ!」
男は勢いよくカードをデュエルディスクに叩きつける。
その態度がどうやら美咲の気にくわなかったらしく、美咲は眉をほんの少しだけ細めた。
「手札から《切り込み隊長》を通常召喚!」
☆3
ATK 1200
フィールドに鎧を纏った厳つい風貌の男が現れた。
大きな剣を振るう切り込み隊長に、美咲は小さな舌打ち。
切り込み隊長の効果は、簡単に言えば手札のモンスターを特殊召喚するというもの。
勿論縛りはあるものの、その先の展開を考えると頭がいたくなる。
「切り込み隊長の効果発動!
手札から《サイコ・コマンダー》を特殊召喚!」
☆3
ATK 1400
チューナー
「……うげ、やっぱりか」
美咲は心底嫌そうな顔をして視線を己の手札を見る。
テーマ統一された自分のデッキと、されていない相手のデッキ。
回すのが容易なのは、間違いなくテーマデッキだろう。
しかしされていないデッキは、読めないのだ。
実際、ここからいったいなんのモンスターが飛んでくるかもわからない。
美咲は髪をかき上げ、そのまま右手を自分のこめかみへ当てる。
「行くぜ!
レベル3俊足のギラザウルスと切り込み隊長に、レベル3サイコ・コマンダーをチューニング!!」
その声は、ただ雄々しく。