爆殺王にも弱味はある

「·····え!?爆豪ちゃん、とろみちゃんの誕生日知らなかったの!?」


勇樹はそう言うと、驚いたように爆豪を見つめた。

そんな会話が出たのは、6月の21日。
とろみの誕生日まであと1週間を切ったところだった。


「·····ハァ?」


彼女であるとろみの誕生日がいつなのか知らないだけで驚かれるとは思ってもいなかったようで、爆豪の顔には『知るか!』という文字がありありと書かれているように見えた。

勇樹はムスッとした顔をすると、そんな爆豪の鼻先をぴん、と人差し指で弾く。
弾かれてジンジンする鼻を押さえ、「何すンだ!」とがなる爆豪を無視して勇樹はこう言った。


「·····あのねェ、爆豪ちゃんには分かんないかもしれないケドさ、女の子にとって誕生日って大切な日なのヨ?好きな人に自分の生まれた日にお祝いしてもらえて、嬉しくないワケがないじゃない?そこんトコ分かってるゥ?」


そう言い切った勇樹はふぅ·····とため息をつき、爆豪にさらにこう告げる。


「まぁでも·····アンタの場合しょうがないわよね!とろみちゃんと付き合ったばっかだし、爆豪ちゃんが女の子のために画策する様子とか想像出来ないしィ〜」

「ウルッッッセェ!!!」


ニヤニヤとした笑みを浮かべながら煽ってくる勇樹に対し、さすがにイラっときたのか、爆豪の目尻が再びつり上がる。しかし、それを見た勇樹はケラケラと笑い出した。

·····どうやらこの二人は相変わらず性格的に相性が悪いらしい。

だが、不思議とその空気感からは嫌な雰囲気は一切感じられなかった。
勇樹はひとしきり笑って満足したのか、目元に浮かんだ涙を拭いながら再び口を開く。


「ごめんね、爆豪ちゃん·····からかいすぎたわネ!」


まだ口元に笑みを浮かべる勇樹を横目に見つつ、「ったくよォ·····」と言いながらも爆豪の怒りは完全に収まったようだ。


「でまぁ、話を戻すワケなんだけどサ·····ほんとに爆豪ちゃん、とろみちゃんの誕生日知らなかったワケ?」


その問いに対して、爆豪は何も言わずに小さく顎を引いただけだったのだが·····それは嘘ではないということだろう。

ただ、それを肯定するにはあまりに素直過ぎる態度ではあったけれども·····。

それを見た勇樹は腕を組んで考える仕草をするとこう呟いた。



「·····うーん、まぁ、アタシが言えたことじゃないケドさ·····カップルにも色々あるのネ·····」




「(あークソッ!!なんっって情けねぇんだよ俺は!!!)」

その後、1人廊下を走り抜けていく爆豪勝己の胸中は勇樹のその言葉によって埋め尽くされていた。


「(とろみの誕生日すら知らねぇし、知ろうとしなかったなんて彼氏失格じゃねえか!!!)」


そう思うと同時に足の動きはさらに早くなり、ついにはトップスピードへと到達していた。


「クソックソクッソッ!!」


悪態をつく爆豪の姿は共有スペースの前にあった。そしてそのまま勢いよく扉を開けると、そこにはクラスメイトたちが集まっている姿が見えた。もちろんその中にはもちろんとろみも居て、なにか楽しそうに話をしている。


「水頼夢さんって、今月が誕生月なんですの?」

「しかも来週だね〜!」


その時、ふと爆豪の耳にそんな声が聞こえる。

·····どうやら、とろみの話題が出ているようだった。


「うん、あたし今月末が誕生日だよ」

「じゃあとろみちゃんかに座かぁ、私はおうし座なんだ!火花ちゃんは?」

「私は12月7日だから·····いて座ね」

「いて座か〜、悟見ちゃんは?」

「えーと、私は·····」


と、女子たちが楽しそうな顔をして話をしている姿が見えると、自然と身体に力が入るのを感じる爆豪であった。
そんな中、当の本人であるとろみは自分の誕生日が知れ渡っていることに特に驚くこともなく笑顔を見せている。


「(ヤベェ·····このままだとマジで俺最低野郎になるかもしれねェ·····なんとかしねェと·····!そうだ、何かプレゼントでも用意するか·····?とりあえず明日買い物にでも行くしか·····いやでも·····)」


と、そこまで考えたところで爆豪はふと気がついた·····そもそも、爆豪はとろみの好きな物を知らない。


·····となれば当然、爆豪に出来ることなどないに等しいわけで·····つまり今の爆豪にできる選択肢としては、『正直に知らなかったことを伝えて謝ること』か『とろみの好みを調べてプレゼントを用意すること』だけであったのだ。

しかし、今さら「実はお前の誕生日を知らなかったんだ、ゴメン!」などと言えるはずもなく·····また、「とろみの好きな物を知らずに適当なものを買って渡す」というのも爆豪の性格上、許せない行為でもあった。
そこで爆豪は「チッ·····」と小さく舌打ちをした後、頭をガシガシと掻きむしる。

その様子を見て不思議に思ったのか、とろみが琉音たちとの話を終えて爆豪に話しかけてきた。



「·····なにやってんのよ、勝己」



いつものように名前を呼ばれてビクつく爆豪だったが、さすがに今は無視することは出来なかったようで。恐る恐るといった様子ではあるがしっかりと顔を上げていた。


「どうしたの?」


とろみはそう声をかけるが、爆豪はただでさえ目つきの悪い瞳を吊り上げてとろみを見る。
そして·····


「·····おいコラ、ちょっとツラ貸せ」


そう言って爆豪は不敵とも取れる笑みを浮かべると手招きをするのだった。それを見てとろみは頭にハテナを浮かべる。


「·····おっ?かっちゃんからとろみちゃんにお誘いなんて珍しいね〜」

「ほんとね、どういう風の吹き回しなのかしら?」


と、2人のやり取りを見て他のクラスメイトたちは興味津々な目を向けるが、それに構わず爆豪はとろみの手を引いてズカズカと歩いていく。·····身長差があるせいで爆豪は少し中腰のヤンキー歩きのような姿勢になっていたが。
その先にあるのは女子組の寮にある、とろみの部屋であった。


「ねぇ勝己·····なんでわざわざあたしの部屋に連れてくるのよ·····」


と、とろみは言うが爆豪はそれには答えず部屋の扉を開ける。そしてとろみのベッドの上へどっかりと腰を下ろすと、今度は顎をクイっと動かして自分の元へ来るように合図を出した。

とろみは「(そこあたしのベットなんだけど)」と思いながらも爆豪の近くに寄る。するといきなり腕を引っ張られそのままバランスを崩すと、次の瞬間視界は天井と爆豪の顔だけになっていた。


「ちょっ、えっ·····勝己?」


とろみが戸惑いの声を上げると爆豪は何も言わずにゆっくりと顔を近づけていく。


「ま、待って!ねぇってば·····!何す·····ンッ!?︎」


その言葉も途中で塞がれてしまい、そのまま爆豪の唇はとろみのものへと重ねられる。突然のことにとろみは抵抗しようとしたが両手を押さえつけられており身動きが取れず、がっちりホールドされているのでスライムの個性で抜けることも出来ない。

·····まぁそもそも身長差がが30センチも違う上に体格差もあるのでまず抵抗できないのだが。


「か、かつき、ちょっと·····まっ·····ぁぅ!」


そのまましばらくの間キスが続く。
ようやく解放されるとろみは肩で息をしながら爆豪のことを見つめた。


「な、なにすんのよぅ·····!!」

「うるせぇ!!黙って俺の質問に素直に答えろや!」

「(あぁもうコイツは、ほんっとに·······!)」


とろみは爆豪の言葉に心の中でそう思う。


「な、なによ急に·····意味わかんない」

「いいからはやく言え、お前の誕生日だよ誕生日」


爆豪のそんな態度に少し腹を立てたとろみであったが、何かに気づいたのかすぐに気を取り直すとため息をつく。


「·····そんな聞き方するとは·····あんたさては、アタシの誕生日知らなかったのね?さっきのキスは照れ隠しかこの爆発魔!!」


とろみの問いかけに対して爆豪は無反応を貫く。
·····というか、完全に図星であった。

とろみはその沈黙にまたひとつ大きな溜息を落とすと、爆豪を見上げる形でジト目を向けた。


「で、プレゼントでも用意しようと思ったけど何も分からなかった·····と」

「うぐ·····だ、だからどうしたんだよ·····」

「いや、別に知らなくてもいいわよ。誕生日なんて、あたしどうでもいいもの。どうせ今年も親から「バースデーカード」と称したろくでもない叱責の手紙が来るだけだし」


サラッとそう言って、とろみは再び視線を爆豪の方へ向ける。しかし爆豪はというとバツが悪そうな表情を浮かべていた。


「そ、それはそれで問題じゃねェか·····」


と呟く爆豪にとろみは呆れたような目を向けつつ言葉を返す。


「そりゃそうだけど、でも実際そうだし。·····それより勝己、まさかこんなことのためにあたしを呼んだわけじゃないでしょ?」


その問いに爆豪は小さく舌打ちをして答える。


「·····チッ、お前の誕生日知らなかったことは謝る。·····明日お前の誕生日プレゼント、買いに行くぞ」


それを聞いてとろみは首を傾げた。


「はぁ?·····い、いきなりなんなの?どういう風の吹き回しよ?とうとう脳内まで爆発したの??」


と口ではそう言いつつも爆豪が自分のことを気にしてくれていることに嬉しさを感じているのだろう。その頬は僅かに赤らんでいたし、もみあげ部分のスライムがぽょぽょと揺れている。

それを見た爆豪はふー、と大きなため息をつくと、とろみの額に自分の額をコツンと軽くぶつけ、こう言う。


「·····お前の誕生日くらい、俺に心から祝わせろや」

「〜っ!?︎·····なっ·····!」


その言葉を聞いたとろみはボフンッと一気に顔が真っ赤になる。
そして数秒の間、とろみは何も言わず、ただただ金魚のように口をパクつかせていたが、ようやく声を絞り出す。


「ば、ばっかみたい·····アンタみたいな乱暴者の口から『祝いたい』とか出るとは思わなかったわ·····ほんっと馬鹿」

「んだとテメエ·····!人がせっかく心配してやってんのに!」


爆豪が眉間に青筋を立てながら言うが、それを遮るようにとろみが喋り始める。


「ば、ばかね!べ、別に嫌味で言ったんじゃないってば!!·····その·····あ、ありがと·····嬉しいわ」


最後の方は絞り出すような声だったのだが、それでも爆豪にはしっかりと聞こえており、一瞬驚いたように目を見開く。
その時、とろみの瞳からぽろりと涙が溢れ出す。それにとろみは驚いて袖でゴシゴシと拭うが、拭ったそばから溢れて止まらない。


「ま、待ってよぉ·····なんで涙が、出るのよぉ·····」


その様子を見た爆豪は慌てて彼女の頭を優しく撫でた。いつもならここで爆破されるのだが、今はそんな気分ではないらしい。


「(まったくコイツときたら·····!素直になれやこのアホ)」


爆豪は上乗りの状態から体を下ろして添い寝のような体制になり、とろみの頭を胸元に抱えるように抱きしめて、そのまま暫くとろみが落ち着くのを待つことにしたのであった。
その後、落ち着いたとろみは鼻水をすすりながらも爆豪にこう呟いた。


「·····勝己も知ってると思うけど、あたし·····昔から親にすごく嫌われてたの」

「あァ」

「だから·····誕生日の日とか特にひどくてさ。親に祝われたことなんてなくて、ずっと兄さんの邪魔だって、なんでお前が産まれたんだって怒られまくってさ、そりゃもう散々よ」

「あァ」

「·····だから、アンタが祝ってくれるって言った時、すごく嬉しかったの」

「(コイツ·····甘えんの下手くそ過ぎンだろ)」


爆豪は自分の胸に寄りかかって話す彼女を見て心の中で思うと同時に、先程勇樹が爆豪に言った「自分の誕生日を好きな人に祝われて嬉しくないわけない」という意味を、何となく理解したような気がした。


「だからさ·····今日はホントにありがとね」


そう言って彼女はいつもは見せない照れくさそうな笑顔で笑って、爆豪の鼻先にキスをした。


「·····へ?」


そんな彼女を爆豪は唖然とした表情で見つめるが、とろみはその隙を突いて爆豪から離れる。
そして「おやすみ!!」と一言残し、とろみは個性を発動させてスライムで爆豪を自分の部屋から追い出した。

爆豪は追い出されたあと廊下でしばらく呆けた顔をしていたが、やがて頭を抱え込み、「クソッ!」と悪態をつく。
それから少し間を置いて自室に戻った爆豪はベッドの上に大の字になり天井を見ながら考える。しかしどれだけ考えても考えはまとまらず答えは出なかったのである·····。


·····翌日、とろみと爆豪はプレゼントを買うという口実でデートをして、帰ってきたとろみが爆豪とペアのネックレスをつけ、爆豪に似たつり目顔のクマのぬいぐるみを抱えていたのは、しばらく寮内での噂話になったとか、ならなかったとか。


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デレるかっちゃんが分かりませんでしたァ!!!

前にとろみ誕生日記念で書いたはいいものの、納得いかずボツにした小説を発掘したのでリメイクしました。


20211217

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