甘やかし、甘やかされ

「·····弔、あんまり強く掻くと傷になっちゃうわ」


纒はそう言うと、頬をがりがり掻く弔の手を優しく握って制止した。
それで自分が頬を掻いていた事に気づいた弔は、ばつの悪そうな顔で俯く。


「·····わりぃ」

「いいのよ。だけどあなたの綺麗な顔に傷がついたら大変だから·····私ので悪いけど、これでも塗りましょ?」


そう言うと、纒はポーチをごそごそと探って、保湿クリームの入った小さなボトルを取り出した。
それを開けて手の平に少し垂らし、両手を合わせてクリームを温めてから弔の頬に触れた。
その冷たくも温かくもない不思議な温度の手から、優しい香りがふわりと香った。


「敏感肌でも使える肌に優しいやつだから、あなたの肌にも悪くは無いはずよ。」

「·····お前の、いつもの香りがする」

「ふふ·····私は肌が乾燥しやすいから、よくこれを付けてるの。だから効果は保証するわ。」


優しく撫でるように塗られていくそれは、確かに痛みもなくじんわりと染み込んでいく感じがして心地良く、痒みもいつの間にかすーっと引いていった。


「·····あら、少し出しすぎちゃったみたい。余ったやつは手にでも塗りましょうか」


纒はそう言うと、弔の両手を包み込むように優しく握り、ゆるゆると揉みながらクリームを指先まで優しく丁寧に塗っていく。

「ほら、こうしてマッサージすると血行が良くなって手荒れ防止になるのよ?あなたはささくれが出来やすいタイプだし、しっかりケアしないとね」

「·····ん」


その纒の言葉に、弔は素直にこくりと小さく首肯した。
纒の慈しむような視線を感じながらも、されるがままになっている。
やがて全ての作業が終わると、彼女は両手を離して微笑んだ。


「はい、これでおしまい·····ふふ、弔の頬も手もツヤツヤだわ」

「·····」


弔は何も言わずに、ただじっと自分の両手を見つめていた。
ほんの少し前まではガサガサだった手が、今はすべすべになっていて綺麗になっていた。

弔はそれがなんだか不思議で、弔は無言のまま何度も触ったり匂いを嗅いだりする、そんな彼の仕草を見た纒はまたくすりと笑みを浮かべると、今度は弔の顔にかかった髪を耳にかけてやる。

そしてその手をゆっくりと動かして、クリームで少し柔らかくなった弔の頬に触れた。


「·····もう痒くない?」

「·····ああ」


弔は返事をして顔を上げると、目の前にいる彼女の瞳を見た。
その視線に気づいた纒は顔を上げ、弔を見つめ返す。
じっと見つめられると、纒の縫われた左目も弔を見つめているような、どこか不思議な感覚を覚えた。


「·····ありがとな」

「はい、どういたしまして」


二人は無言で見つめ合い、そこに余計な言葉はいらない。
ただ、互いの視線を感じるだけで十分だった。

そしてしばらくそうしていると、不意に弔が動きだす。

彼はおもむろに手を伸ばすと、片手で纒の髪に触れてそのまま頭を引き寄せ、もう片方の手で体を引き寄せた。
纒は突然の出来事に驚いたものの、抵抗することなく弔に身を任せる。
そして弔はそのまま腕に力を入れて、彼女を思い切り抱きしめた。

そのまますり、と纒の頬に自分の頬を寄せて頬擦りすると、少し残っていた保湿クリームがぬる、とお互いの頬の間で滑る。


「·····っ!」


纒はその感触がくすぐったくて、思わずびくりと体を跳ねさせてしまう。
しかし弔はそれを気にする事なく、むしろ更に纒を強く抱き寄せてきた。


「·····どうしたの?今日の弔は随分甘えん坊なのね」

「·····別に······たまにはいいだろ」

「ふふ、構わないけれど·····どうせならベッドでくっつきましょ?」


苦笑いしながら言われたその言葉で、弔はようやく自分が立ったままで纒を抱きしめていたことに気づく。
それで気恥ずかしくなりつつも、大人しく纒の言葉に従って彼女を抱き上げた。


「·····きゃっ!?」

「じゃあお言葉に甘えて·····」


纒は軽々と持ち上げられた事に驚きつつ、それでも自分を優しく運ぶ彼に愛おしさを感じた。
そのまま寝室へと辿り着くと、弔は彼女を優しくシーツの上に降ろし、自分も一緒に横になった。そして再びぎゅうっと強く抱きしめられる。


「······」

「······」


ただ、無言のまま抱きしめ合うだけ。
だがそれがとても心地良く、互いが傍にある事を感じられる。
この幸せがいつまでも続けばいいと、二人共願っていた。



―――――――――――
なんだかんだで弔の世話を焼く纒ちゃんが好き!!!!

20220526

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