偏食家に振り回されっぱなし
「·····ひとしく〜ん·····これ、おいしくないにょ〜·····」
「果物ばっかり食ってたら体に良くないだろ。ヒーローを目指すなら健康的な食生活ができるように少しは頑張れ」
「んぅ〜·····」
眉をしかめて苦い顔をしながら皿に盛られたサラダをもしゃもしゃと食べているのは、心操の彼女である鶚である。
·····彼女は、幼い頃から果物しか食べられないかなりの偏食家だった。
野菜や肉はもちろん、彼女のハーピー個性の元であるミサゴの主食であるはずの魚までも受け付けない徹底ぶりで、現在は足りない栄養をサプリで補う有様である。
個性社会の現代では、こういった体質を持つ人間は決して珍しくはない。
ただ、そんな彼女を気にせず愛し、支えてあげている心操人使という男もまた珍しいタイプではあった。しかし、そのおかげもあってか、心操と付き合うようになってからというものの、少しずつではあるが野菜やほかの食べ物を食べるようになってきているらしい。
·····まぁそれでも1日3回ある食事のうち2回は果物なわけだが。
鶚は、学校で一緒に昼食を食べるときは心操に合わせて学食で食事を取っている。
そこで心操が鶚の偏食を直そうと一緒に食事をしているのだが、いつもこんな感じで心操が先に食べ終わるとデザートを食べながら彼女が食べる様子を観察していたりするのだ。
·····そして、この日もそれは例外ではなかった。
もそもそとサラダを口に運ぶ彼女の表情は相変わらず渋いままで、それを見かねた心操は口を開く。
「·····ほら、もう少しで食い終わるだろ?あと一口だけ頑張ってみようぜ?」
「むぅ〜·····分かってるにょ〜、でも美味しいと思えにゃいんだにょ〜·····」
渋々といった様子ではあるものの、なんとか口にしたサラダを飲み込んだ彼女に心操はほっとしたような笑みを浮かべる。
「(·····全く、世話の焼ける奴だよ)」
心の中で呟いた言葉とは裏腹に、どこか嬉しげに微笑んだ彼は自分の皿に残っているオレンジにフォークを突き刺して鶚の口元まで運んだ。
·····すると、彼の行動の意味を理解したのか、彼女もまた小さく口を開けて上目遣いでこちらを見つめてくる。
まるで雛鳥が餌を待つかのようなその姿を見た心操は、自然と頬を緩ませてしまうのを感じつつ、ゆっくりと唇を開いた彼女の口の中にオレンジを入れた。
「どうだ?」
「う〜ん!甘くておいしいにぇ〜!」
ぱたぱたと嬉しそうに腕の羽を動かして、先ほどまでの不満げな表情とは一転し、満面の笑顔になった彼女は幸せそうな声でそう言った。
「·····口直しになったか?」
「うん、なったにょ」
それを見て満足気な笑みを浮かべた心操は再びフォークを手に取ると、今度は自分の分のサラダを口にする。
そんな彼を見ながら、再びフォークを羽に掴んだ彼女は苦い顔をしながらも、もぐもぐと小さな口を動かし続けていた。
「んぅ〜·····ひとしくんは、よくいろんにゃものが食べられるにぇ」
「まぁ嫌いなもんは特にないしな。お前みたいな偏食家が珍しいんだよ」
「しょ〜かにゃ〜·····じゃあ将来、結婚した時の為に〜、頑張って偏食直すにょ」
「·····えっ?」
さらっと放たれた衝撃発言に心操の顔は一瞬にして真っ赤に染まった。
しかし、当の本人は何事もなかったかのように平然としており、サラダの最後の一口を苦い顔をして飲み込んだ。
「·····うへぇ、やっぱりおいしいと思えないにょ〜·····」
「あ·····あのさ鶚、今のってどういう意味·····?」
恐る恐るそう尋ねた心操に対し、彼女はきょとんとした顔を向けると、首を傾げる。
「どゆことにょ?私はただ、いつか結婚して子供が出来た時に、困らにゃいように頑張ろうって思っただけだにょ?」
「·····あっ、ああ·····そうだな·····」
まさかの返しを喰らってしまった心操は、動揺を隠すように無難な返事をするしかなかった。
そんな彼に彼女は不思議そうに見つめていたが、やがてデザートであるカットリンゴの乗せられた皿を手に取る。
そして、その小さな口を精一杯大きく開いて齧り付いた。
「んふふ〜!!とっても甘くておいしいにぇ〜!」
「·····そりゃ良かったな」
シャリシャリと小気味の良い音を立てて、嬉しそうに食べ続ける彼女を横目に見ながら、心操は自分の顔が熱くなっていくのを感じていた。
·····今の発言は一体どういう意味で言ったのか。
おそらく深い意味はないのだろうが、それでもやはり心操としては意識してしまうわけで。
「(·····いや、でもまだ付き合って数ヶ月だしな。それに俺だってそういうこと全く考えてないわけじゃないけど·····いやいや、その前に俺たちは高校生だし·····)」
ぐるぐると考え込む心操だったが、その間もずっと彼女は楽しげに果物を食べ続けている。
そんな彼女の様子を見ているうちに、なんだか考えることが馬鹿らしくなってきた彼は思わずため息をついた。
「······まぁいいか。今はこのままで」
「んぅ?何か言ったにょ?」
「なんでもねぇよ」
小声で呟いた言葉を聞き返してきた彼女に適当に返すと、心操も残りのサラダを平らげていく。
そして、食べ終わった食器を返却口に持っていき、2人は食堂を後にしたのだった。
―――――――――――
鶚ちゃんに振り回される心操は健康にいいんです(・∀・)
個性社会だったら偏食家でも何とか生きていけそうだよね。
デトラネットあたりでそういうサプリ売ってそう。
20220524
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