かりかり、とヤスリで爪を削る音が2人きりの静かな部屋に響く。

「·····また爪削ってんのか」

弔がそう言うと、纒はふぅとため息をついてこう返した。

「そうね·····生まれつき、気を抜くとすぐ爪が伸びて尖るの。触った時に弔の事引っ掻きたくないから本当は切ってしまいたいけど、個性を使う時に相手に傷をつけるのに必要だから·····」
「別に気にしなくて良いぞ?俺はお前になら引っ掻かれても構わない」
「·····嫌よ、私は弔に痛い思いして欲しくないもの」

そんな事を言っている間に、ヤスリをかける音が終わる。

「あ、そうだ·····弔の爪、削ってあげるわ」
「えぇ·····俺は別に·····」
「だーめ!あなたはむしゃくしゃすると顔とか体を掻くんだから·····ほら、足の間·····ちょっと座らせて」

そう言うと、纒はあぐらをかいている弔の足の隙間に入り込み、彼の片手を取った。そしてそのまま、弔の5本指が触れないよう、そして自分の尖った爪で弔を傷付けないよう気をつけながら、ゆっくりとヤスリをかけ始める。

「·····どう?痛くないでしょう?」
「まぁな·····」

そのうち、弔は空いた片手を纒の腹に回してぎゅっと抱きしめた。彼女の背中に頭を預けると、柔らかさと温かさを感じる。その心地良さに思わず目を細める弔に、纒は「·····んもう、削りにくいわ」と苦笑いしながら呟いた。

「ほら、弔·····私のお腹に回してる手を上げて。今度はそっち削らなきゃ」
「ん·····」

弔はそう言うと素直に手を上げるが、終わった方の手をすぐに纒の腹に回す。そしてぐりぐりと背中に顔を押し付けてきた。まるで猫のような行動を取る弔に、彼女は呆れたようにため息をつく。

「·····こら、まだ爪が削り終わってないでしょ」
「やだ」
「もう·····甘えん坊さんなんだから」

仕方がないと言う風に笑うと、彼女は弔の手を取り、もう片方の手で彼の頭を撫でてから爪のヤスリがけを再開する。

·····やがてヤスリの音が終わると、弔は少しだけ顔を上げた。

「·····終わった?」
「えぇ、そうね·····弔の爪、とっても綺麗になったわ。じゃあ私は退こうかし·····きゃっ!」

そう言って立ち上がろうとした纒を、弔は抱きしめる腕の力を強めて阻止する。

「ちょ、ちょっと弔!?」
「·····もう少しこのままが良い」
「ふふ、もう·····仕方のないひとね·····」

困ったような笑みを浮かべつつも、纒は大人しく弔の腕の中に収まる事にした。
暫くすると、彼はぽつりと呟く。

「·····お前は、暖かくて柔らかくて·····良い匂いがするな」

すん、と鼻を鳴らして弔は言う。
それを聞いて、彼を抱き留めたままの体勢でいる少女はクスッと小さく笑って答えた。

「そう?それは良かったわ。私もあなたの体温を感じられて嬉しいもの」
「·····俺もだ。お前といると肌も痒くないし·····すごく、落ち着くな」
「あら、そうなの?」
「ああ·····なんでだろうな·····分からないけど·····お前と一緒に居る時が一番安心できるんだ·····」

弔の言葉を聞いた途端、それまで微笑んでいた彼女の表情が変わった。

「·····ねぇ、弔」

優しい声で呼びかけられた弔は、返事の代わりに目を閉じる。すると、頬に手の触れる感触がしてすぐに、彼の唇に柔らかいものが触れる感触を感じた。

「··········」

弔は一瞬驚いたものの、抵抗する事なく受け入れていた。
やがて長い口づけを終えると、2人は見つめ合う。

「·····死柄木 弔、私の愛しい一番星·····愛してるわ、誰よりもあなたを愛してる!」

纒は嬉しそうにそう言って弔を優しく抱き締めると、彼は「·····うん」と小さな声で言う。

「·····私の全てはあなたのもの。私の心も体も·····命でさえもあなたのためにあるのよ。」
「ん、分かってる·····俺も、お前に俺のこと、全部やるよ·····」

2人はそんなことを言い合いながら、身体を離すことなく密着させて、お互いの鼓動を感じていた。
まるでお互いの命を共有しているような感覚に陥りながら、弔は彼女の豊満な胸に顔を埋める。暖かく柔らかい胸に包まれている弔は、幸せそうに瞳を閉じて纒にすり、と頬擦りをした。

彼女はそんな彼に、慈愛の笑みを向けながら彼の頭にキスをする。
「·····私の王様は、私と2人きりの時は随分と甘えん坊さんね?」「うるせぇ」
拗ねたように返す弔の声を聞きながら、纒はくすくすと笑う。

次第に弔の目がとろんと柔らかく溶け、纒にすりすりと頬ずりしながら、小さくこう呟いた。

「·····なぁ纒、キスしたい」

少し熱っぽいその声に、彼女は「奇遇ね·····私も同じことを考えていたわ」と答える。すると、弔はその言葉を聞くとぎゅっと強く彼女を抱き寄せ、そのままベッドへと押し倒した。
白いシーツの上に散らばる絹糸のような長い髪を見下ろしながら、弔は彼女に覆い被さってまた口付ける。今度は先程より深く、そして甘く蕩けるような熱い接吻だった。
やがて弔が名残惜しそうに唇を離すと、すっかり息の上がった彼がぽつりと言った。

「はぁ·····気持ち良い···な·····」

弔は自分の指が5本触れないように気をつけながら、纒の両手を恋人繋ぎにしてぐっとベッドに押し付け、そのまま纒の首元に頭を預ける。
彼女が何か言おうとする前に、弔は彼女の耳元に口を近づけてこんな事を囁いた。

「·····もう限界だ、抱かせろよ」

そう言うと、弔は頬を少し赤くして纒の首筋に擦り寄る。
·····それは、狂気に満ちた支配者の顔ではなく、ただ1人の男として愛する女を求める、一人の男の表情で。

「なぁ、纒·····」

甘えるように、懇願するように·····子供のように、寂しげに。

情事のお誘いと言うよりは、甘えたいという意思が強く滲むその声に、纒への愛しさを隠そうとしないその表情。

「(·····あぁ、本当に愛しいわ)」

お願いなんてせず、無理やり手篭めにすれば早いのに、そうしないで自分に許可を得ようと強請る姿に、纒は胸の奥底から湧き上がる強い衝動に駆られていた。

そして纒はニコッと微笑むと、弔の荒れた唇にチュッとリップ音を立てて口づけを落としてこう告げる。
「いいわ、お好きにどうぞ?私の愛しいひと」
その言葉を合図に、弔は再び彼女の唇に口付けた。
そして、まるで宝物を扱うように彼女をそっと抱きしめながら、彼は自分の全てを愛してくれるであろう最愛の少女の身体に溺れていく。その様子は、まるで自分がこの世で一番幸福であると言わんばかりに、とても幸せな光景であった。


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