「鋭児郎さん」

恋人である悟見から声をかけられて、切島はハッと顔を上げた。

「·····どうされたんですの?もしかしてお紅茶が熱すぎました?」

心配そうに顔を覗き込んでくる恋人に、切島は慌てて首を横に振る。

「いやっ!大丈夫だぜ、悟見ちゃん!ちょいと考え事してただけだ!」

そう言って誤魔化すようにカップを口に運ぶ切島に、悟見はほっとした顔をする。

「そうですの?それならよろしいのですが·····」
「そ、それより今日の紅茶は美味いな!いつもと違うヤツなのか?」
「えぇ、今日は久しぶりに一緒にお紅茶が飲めますから、私のお気に入りの缶を開けましたわ。最近は鋭児郎さんとお茶をする時しか使いませんの。」

そう言って嬉しそうな笑みを浮かべる悟見に、切島も笑顔で返す。

「前にはこれをクラスメイトの皆様方に振る舞うこともありましたが·····今は別のお紅茶をお出ししていますわ」
「え?なんでだ?」
「·····鋭児郎さんと恋人になってからは、二人きりの時にだけ、特別に·····鋭児郎さんにだけ、このお気に入りのお紅茶を淹れていますの。」

「内緒ですよ?」と言わんばかりに人差し指を口元に当てて微笑む悟見に、切島の心臓が大きく跳ね上がる。

「·····ふふっ、恋人同士の秘密ってこういうものなのでしょうか?なんだかとってもドキドキしてしまいますわ」

ぽっ、と赤らめた悟見の頬は切島の髪より赤く、そして愛らしい。
そんな彼女を見て、思わず自分の顔まで熱くなってきたことを自覚した切島は、「俺だって同じ気持ちだ」と言う代わりに彼女の手を取り、優しく握った。
「あっ·····鋭児郎さんの手、温かいですわね」
「悟見ちゃんの手こそ、あったけェよ」
「本当ですか?だとしたら嬉しいですわ」
お互いの体温を確かめるかのように、二人はそのまま静かに手を握り合う。
しばらくすると切島は我慢できないと言わんばかりにぎゅう、と悟見を抱きしめる。

「あぁー·····マジ幸せだァ·····」

切島がその言葉を噛み締めるように呟くと、悟見はまた頬を赤く染めながらもぎゅっと切島を抱き返す。

「ふふっ、私も幸せですわ·····鋭児郎さんの腕の中はとても落ち着きますから·····」

すりすりと甘えるような仕草を見せる悟見だが、その表情はどこか艶っぽく、男心をくすぐる色香を放っていた。
「なぁ、悟見ちゃん·····キスしていいか?」
「·····はい、お願いしますわ」

悟見の許可を得て、切島はゆっくりと彼女に唇を重ねる。
切島は悟見の頬に触れ、悟見は切島の首の後ろに腕を回す。
くしゃ、と悟見の綺麗に巻かれた縦巻きが乱れるが、そんなことは一切気にせず、切島と悟見は互いの温もりを感じ合った。

もっと触れたい。もっとキスがしたい。

紙1枚滑り込む隙間がないくらいに密着していたい。

その願望を現すように、二人の身体はさらに強く抱き合い、口付けもどんどん深くなっていく。
(やべぇ·····止まンねぇ·····!)
最初は触れるだけの軽いものだったそれは、いつの間にか舌が絡み合う濃厚なものへと変わっていく。
ぴちゃりという水音すら聞こえてくる中、悟見は蕩けた瞳で切島を見つめる。
悟見の珊瑚色の目には、自分しか映っていない。それが嬉しくて、切島は夢中で悟見を求めた。
やがて息が苦しくなったのか、悟見が切島の背中を叩く。
名残惜しそうに唇を離すと、悟見は肩で大きく呼吸を繰り返した。
その姿が扇情的で、思わず切島の喉が鳴る。
しかしこれ以上はマズいと理性が働き、切島は慌てて悟見から離れた。
少しの間、沈黙が流れる。
ようやく落ち着いた悟見は恥ずかしそうに俯きながら、小さな声で言った。


「·····どうか、お嫌でなかったら·····もう一回、してほしいですわ」


耳まで真っ赤にして、消え入りそうな声で言う悟見に、切島の理性がプツンと切れた。切島は素早く悟見の後頭部に手を回し、再び強引に引き寄せて荒々しく口付ける。
先程よりも激しくなったそれに、悟見はビクッと身体を震わせるが、それでも切島を受け入れ続けた。

·····どうだ見てみろ、俺は悟見ちゃんに触れることも、悟見ちゃんをありったけ愛することも許されてるんだぞ。

切島はそう叫んで回りたいのをぐっと堪えて、その代わりに悟見を強く抱きしめる。
悟見はそんな切島に嬉しそうに微笑むと、彼と同じようにぎゅう、と抱きしめ返した。
しばらく二人で抱きしめ合っていると、悟見は何か思い出したように顔を上げる。
そして、悟見は切島の耳に口を近付けて囁いた。

「·····大好きです、鋭児郎さん」

その言葉を聞いた瞬間、切島の脳内は一気に沸騰し、くらりと目眩まで起こしてしまうほどに興奮してしまった。
あまりの破壊力に、切島はそのまま後ろに倒れ込んでしまう。
幸いにもベッドがあったため怪我は無かったものの、ベッドの縁で頭を打ってしまった。痛む頭を摩っていると、悟見が慌てた様子で「大丈夫ですか!?」と声をかける。
自分を心配する悟見を見て、申し訳なさと愛しさとで胸がいっぱいになると同時に、こんなに可愛い女の子が自分の恋人であるという事実だけで幸せすぎて死んでしまいそうだと思った。

「·····もう、鋭児郎さんったらどうなさったんですの?いきなり倒れるなんて·····びっくりしましたわ」
「·····あぁ、わりぃ·····なんか、幸せ過ぎてぶっ倒れたみたいだ」
「·····ふふっ、おかしな人ですね」
可笑しそうに笑う悟見につられて、切島も思わず吹き出す。
「·····なぁ、悟見ちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「これからもずっと、俺と一緒に居てくれるか?」
切島の問いかけに、悟見は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに柔らかい笑顔を浮かべて答える。
「もちろんですわ、鋭児郎さん·····だって、一緒にヒーローになってくださるんでしょう?」「·····おう!」
悟見の言葉に、切島は力強く返事をした。
そんな切島の笑顔を見て、悟見は満足げに微笑む。

「·····あら、お紅茶が冷めてしまいましたわ」
「え?あぁ、本当だ·····」
悟見の指摘通り、すっかり冷めきってしまった紅茶を見て、切島は残念そうな表情をする。
「せっかく悟見ちゃんが俺のために用意してくれたのに、ごめんな」
「ふふっ、いいえ。お紅茶はいつでも飲めるのですから、気にしないでください」
「·····そっか」
悟見の優しさに感謝しつつ、切島は自分のカップに口をつける。
「·····うん、冷めても美味いな」

紅茶の味は変わらない。しかし、恋人とのお茶の時間を過ごした後の一杯は、いつもより格別に感じられたのだった。


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