その突き立てられたは白銀に煌めいて


 カリカリ、と羽ペンが紙をなぞっていくを見ていくのもすでにラビは飽き始めていた。この部屋にある蔵書もすでに読みつくしてしまったし、改めて読み直す必要性をラビは感じていない。――彼はブックマンだ。一度見たものは大抵ちゃんと記憶しているし、ここにある本は裏歴史に関わる蔵書が多かった。ラビは、天井まで届きそうな本棚を上から下まで眺めて、視線を中央に位置する広々とした豪奢なデスクへと視線を向けた。

 ――確かあれは、一つの金額が半端ないほど特殊な材木が使われていたはずだ。とラビは本物の金で細工の施された机を隅から隅まで、眺めて革張りのソファへ身を沈めた。さすがは一国の王、といったところか、随所に物へのこだわりといったものを感じる。
 羽ペンは、どうやら自分の羽を使っているようであるが。
「退屈そうだな」
 煙管から、煙が立ち上った。紫煙が部屋に上がり、煙草のいがらっぽい匂いとは違う、鼻につく、甘ったるい匂いをラビは感じ取った。アスナがこのんで吸う、薬草を炊いた匂いである。どうやら、アスナの仕事にひと段落ついたらしく、一服することにしたらしい。この薬草は、アスナたちArk――神の一族――が吸う分には何一つ影響はなく、単なる精神安定剤にしかならないそうだが、人間が吸いすぎると永遠の眠りにつくという者らしい。使用には十分注意が必要なものらしいが、アスナはこれを好んで炊いていることが多かった。ラビがいても、弟弟子のアレンがいても。
「俺達が永遠の眠りについたらどうするつもりさね」
 ラビの呟きが、アスナの耳に入ってきた。恐らく、彼的には聞こえないようにつぶやいたのだろうが、そもそも人間とArkでは体のつくりが、身体能力が、感覚器官の出来が異なるのだ。どんなに小さな音でも、ちゃんと拾うことができる。
「あー、うん、そうだな。お前は、あれだな、ホルマリンにでもつけて、いや、ダメだな、腐らないように魔導処理して」
「ちょちょっ、何恐ろしい事言い出してんさ!!第一、アスナは俺が死んだら、血が飲めなくて、死んじゃうさ!!」
そうだ。
 Arkは血を飲まなくては、死んでしまう。
 一定レベルの栄養ならば別段食事――人間と似たような食事で得ることができる。しかしながら、彼らの本当の意味での食事は「血」を飲むことだ。命の根源、生きている人間(といってもArkの彼らは同種のものの血しか吸わない)からそれを摂取しなければ、Arkの証である"力"を枯渇させてしまうことになる。
 アスナは人間とArkの間に生まれたハーフといえど、ほとんどがそのArkの力で生きている。そして、残念なことにアスナは決まった"人間"からしか、血を摂取することができない。すなわちラビが死んでしまうとアスナは血を飲むことができなくなってしまい、急激に力が枯渇し、死んでしまう。
 アスナはけらけらと、笑うと煙管を置いた。

「そうだな。うむ、お前と俺は一蓮托生だ。といっても、俺が死んだとて、お前に何一つ影響はないが」

 むしろ、柵がなくなって清々するんじゃないのか?とアスナはその白い指をつい、と跳ね上げた。すると、脇に控えていた紅茶のポッドが勝手に持ち上がり、同じように持ち上がっている二つのカップへ紅茶を注ぐ。その一つはラビの前へ、もう一つはアスナの前へ向かう。それを手に取ると、浮いていた力はなくなる。
 アスナは優雅な動作で紅茶を飲むと、美しく笑った。カップの中の紅茶を、その不思議な力で宙へ浮かせるとくるくると、同じように浮かせたミルクと混ぜて遊んでいた。それを、一口大の飴のような形に切り離すとぱくん、と口の中へ入れた。
「俺はお前に死なれては困る。俺自身が死んで自我がなくなると、それこそ困るのでね」
「それだけのために、俺と一緒にいるんさ?」
「あはは、意外とロマンチストだな、お前。うむ、だが、番は、理屈じゃないんだよ」
「……?」
「人間の、お前にはわからん感覚かもしれないが。俺たちArkにとって、番は、運命を分けた半神だ」
 アスナは優雅に立ち上がると、その床にも付きそうなほど長い紅い、炎のような髪を腕で後ろへと流した。その光景が、立ち上る炎のように苛烈に見えて、ラビは心の奥で、何かがうずいたのを感じた。その、青と緑の瞳はひどく、爛々と輝いて見える。ごくり、とつばを飲み込むと、アスナの柔らかな唇がラビの唇に触れた。

「何が何でも、欲しくなる。その命も、体も、心も、たとえ、高尚であっても、どうであっても関係ない。番の前では、ただの一人の、女、獣に成り下がる」

 ラビはゆっくりと、ソファに押し倒される。ばさ、と広がる紅い髪が余りにも美しくて、ついつい手を伸ばす。うっすらと開けられた口からは、その白銀に煌めく、牙が覗いている。これが、肌に突き刺さる、その快楽をラビは知っている。
「何さ、ほしいんさ?」
 挑発的に笑ってみると、アスナが恍惚を表情を浮かべて、そして、ゆっくりとラビに再び唇を重ねる。ただ、重ねるだけのキスではなく、ねっとりと舌を絡み合わせ、まるで味わうかのように。舌のざらついた部分をこすり合わせると、アスナの体がふるりと、震える。
 キスが終わると、アスナの唇が、ラビの首筋に触れる。ちゅ、ちゅ、と柔らかな紅い唇が触れる度、欲望が高まっていくのを感じる。アスナの背に腕を回し、指の腹で背をなぞれば、アスナの体がぴくり、と反応し、あ、と色の混じった吐息が零れる。


 ゆっくりと開かれる口。
 煌めく牙。
 そして、肌を突き破り、瞬間の痛みがよぎったかと思えば、すぐにそれが、快楽に変わるのがわかった。くっ、と吐息をこぼしたラビは、ちらりとアスナを窺う。
 白い肌が、紅く染まり、夢中になって自分を貪るアスナ。
 ああ、なんて。
 早く、早くもっと。

 その、白銀の牙が紅く染まるその瞬間を見せてくれ。

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