柔らかなの香り


 ぴちゃん、とお湯が跳ねる音が聞こえてきた。おお、と紫雲が感嘆の声を上げたのはその風呂の広さに感激したからだ。当然、紫雲が普段住まう黎明宮の風呂も大きいがもともとは神の住まう宮殿。人間である紫雲たち守護星が使う風呂は黄金聖闘士――第二の宮を司る牡牛座の金牛宮の風呂ほど広いわけではない。牡牛座の聖闘士が歴代そろって巨躯ということも起因しているのだろうが、紫雲一人で使うにはあまりにも広々としている風呂に心が躍る。紫雲は石造りの床に滑らないように細心の注意をはらいながら大きな浴槽に近づいて桶を手に取った。良い香りのハーブや感じる桃の香りに金牛宮にもよい女官がいるのだな、と思う。少なからず、この宮の主人であるハービンジャーがこのようなセンスを発揮するとは思えなかった。
「……ふぅ」
 ゆっくりと全身を湯に浸けると一気に体から力が抜けていくような心地よさがある。紫雲はもともとシャワーよりも湯に浸かるほうが好みだ。しかしながら目が見えないせいか、長らく一人で湯に浸かっていることに恐怖感もある。幼いころなら、ライガや貴鬼に頼んで一緒に入ってもらっていたが流石にこの年になってまでそれを彼らに頼むは忍びなく、黎明宮に仕える女官や弟子の緋雨に付き合ってもらって入ることが多くなっていた。後ろの引き戸が開く音が聞こえ、紫雲は誰が来たのか察した。
「……確かに私は見えていないのだけれど、隠す努力ぐらいしたらいいのに」
「あ? お前しかいねぇだろ?」
「それは、まあ、そうなのだけれど」
 ハービンジャーである。この宮の主人である彼がここに来るのは別におかしいことではないし、今更紫雲は裸を見られてもなんとも思わない。――それくらいには体を重ねていたし、もともと見えない分紫雲には羞恥心の概念が薄いところがあった。ハービンジャーは無遠慮に紫雲の隣にどっかりと腰を下ろす。すると彼の体の大きさで浮力が働き、お湯が一気に浴槽から溢れ出て石の床をたっぷりと濡らしていった。あー、と声を上げる彼にお疲れ様、と笑いかければ力なく、おう、と帰ってきた。
「慣れない仕事も黄金聖闘士の役割よ」
「俺はただ相手の骨を折りたくて聖闘士になったんだけどなぁ」
 少しばかり遠くを見るハービンジャーの頬に紫雲は優しくキスをした。彼は彼なりに今、聖闘士としての役割を全うしている。玄武に言わせればハービンジャーの言動は誇りある黄金聖闘士にふさわしくない、と断じられてしまうのだろうが紫雲としては気取ることなく、ハービンジャーのままで聖闘士の役割をこなしているのだからそれでいいのではないかと思っている。優しく微笑めば、ハービンジャーが不満そうに表情を歪めたのがわかった。
「頬かよ」
「嫌だった?」
「フツーご褒美って言ったら唇じゃねえの?」
 あまりにもその言い方が可愛らしかったので紫雲はついつい笑ってしまった。はいはい、と言いながらハービンジャーの首に腕を伸ばして抱き寄せるようにすると唇にちゅ、と触れるだけのキスをする。意外と柔らかな唇と触れ合って紫雲はゆっくりと顔を離そうとしたが、ハービンジャーに掴まれる。
「……ここ、お風呂だけど」
「誰もこねえよ」
 楽しそうに笑ったハービンジャーが紫雲の唇を塞いだ。ん、と紫雲の吐息がこぼれる。啄むように紫雲の唇をハービンジャーが吸い上げる。しばしそういうキスを繰り返していると、ハービンジャーの手が紫雲の背を撫でて、尻へそっと指をかけた。
「……もう」
「女官たちは遠ざけてあるし、二人きりだろ?」
 ハービンジャーは紫雲を抱き上げると浴槽から上がった。そして、並んでいる鏡の前の椅子に腰掛けると紫雲を自分の膝の上に置いた。
「体洗ってやるよ」
「え」
 紫雲は硬直した。ま、待ってと言う前にハービンジャーの手が洗身用のスポンジを手にとってボディソープを泡立てている。紫雲は慌てて体勢を変えてハービンジャーの厚い胸板を押した。鍛えられた筋肉は堅いばかりではなく適度な柔軟性を持っていて心地いいが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「じ、自分でできるから」
「見えねえと洗いづらいだろ」
 その言葉が善意から来てるのか、それとも下心を含んでいるのか紫雲には判別が難しかった。確かに難しいし、それを嘆いた事はある。目が見えないことの不便さは誰よりも自分がわかっているのだから。だからといって、と紫雲はぐいぐい、とハービンジャーを押しのけようとするが、ハービンジャーはまったく動かない。ハービンジャーは紫雲の抵抗など物ともせず、紫雲の白い肌に泡立てたスポンジを押し当てた。びく、と体を震わせて、紫雲はハービンジャーの腕を掴んだ。
「や……っ」
「洗ってるだけだろ?」
「……さい、て……っ」
 わざとらしく、スポンジで胸のしこりをなぞる。くるくると回すようにスポンジを動かすと、少し爪を立てた。つま先に力が入り、自然と膝が合わさる形となり、紫雲はきつく目をつぶる。ハービンジャーはそんな紫雲の反応を楽しみながらスポンジから泡を自分の手に移して紫雲の体をなぞっていく。
「――は、っん」
 唇を塞がれながら体をなぞっていく快楽に震えながら、紫雲はハービンジャーに舌を絡めた。意外そうな顔をしたハービンジャーが楽しそうに更に唇を深く重ねてきて紫雲は段々酸欠で頭がぼう、としてくる。ハービンジャーに掴まれるところを探して、紫雲はハービンジャーの首にすがりついた。とろとろに蕩けた顔をしている紫雲にハービンジャーはにや、と笑った。
「紫雲」
 名前を呼べば紫雲が少し顔を上げた。抱きついてきている紫雲の尻にそっと指を這わせて、そっと秘部に指を這わせた。
「ん、ゃ……」
「やって言ってる割には、濡れてんだよなぁ」
「……っ、ハービンジャーが、」
「俺が?」
「やら、しくさわる、からぁ……あっ」
 指が奥まで入ってくる。くちくちと指を動かす度に音が鳴って紫雲は耳をふさぎたくなるが、耳をふさいでもこの音はついてくるのはしっている。ぎゅう、とハービンジャーに縋り付く腕の力を強めた。あ、あ、と喘ぐ紫雲の声にハービンジャーはぶるり、と震わせた。シャワーのコックを撚ると暖かなシャワーが振ってくる。
 紫雲の体についていた泡が落ちていく。ぐちゅ、と紫雲の中がほぐれてくるまで指を動かしていると、紫雲がハービンジャーの首筋にキスした。ちゅう、と吸い付いていつも、ハービンジャーが紫雲の体に痕を残す時のようにした。
「……あ……ね、ハービンジャー、痕できた?」
「……っ、あ〜、ちょっと薄いかもな」
「ん、もうちょっと、強く?」
「おう」
 ちゅ、ちゅう、とハービンジャーに吸い付いてくる紫雲を見下ろしながら体の中心がひどく熱を持ったのがわかった。早く入れたいと思うが、かわいい紫雲の行動だ、少しだけ待とうと思った。ちゅぱ、と唇を話して、吸い付いた場所を指でなぞってハービンジャーを見上げてくるので、その額にキスを落とす。
「できてる」
「……ん」
「つーわけでお返しだ」
「あっ」
 背中に腕を回してハービンジャーは紫雲を拘束して、首筋に噛み付いた。ぎり、と歯を立てた。体が痛みで震えるが、それ以上に快楽を感じる。噛みつかれた箇所が痛い――熱い。離されたその後も、熱と痛みが続いて腹の奥がうずく感覚がする。早く、と強請るように腰をくねらせれば、ハービンジャーは笑って「かわいいおねだりしやがって」と紫雲の耳元で囁いた。

「あっ、ああ――」

 首をのけぞって紫雲はハービンジャーを受け入れた。体の中に入ってくる一物はまさしく楔のごとく熱く、質量感があり、ひどく苦しく――しかし、ひどく心地が良い。全てが一度で入りきるわけではなく、ハービンジャーは一度そこらで上下し、紫雲を揺さぶった。
「んっ、はっーーあっ、あ、も、っと……ね、も、っと……」
「ったく」
 うまく強請るようになりやがって、とハービンジャーは一番奥まで貫いた。口をパクパクと震わせて紫雲は一度達した。一度どころではなく、何度も何度も達しているようだが、ハービンジャーは腰を掴んでガツガツと何度も紫雲を揺さぶった。その度に、紫雲からは呼吸とも嬌声とも取れないような声があがり、膣は強くハービンジャーのそれを締め上げた。はっ、と荒い呼吸を零してハービンジャーは、最高、とつぶやく。
 紫雲の胸に手を添えて強く揉みしだく。その度に高い嬌声を上げて、紫雲は口から飲み込みきれない唾液を零していた。その痴態にハービンジャーも高ぶってくる。唇を重ねて一層奥まで貫いて、ハービンジャーは中に白濁を吐き出した。
「はーっ、あ……はーびんじゃ、」
「っ、はっ、はぁ……はっ、床、痛ぇけど、少し我慢しろよ」
「ふぇ……?」
 椅子から降りて紫雲を床に寝かせたままハービンジャーは再び奥まで貫く。こり、と奥で子宮の入口と先端が当たる感覚がして紫雲は目の前がチカチカとする。そのままガツガツと奥まで貫かれて、一体何度達すればいいのか、と体を震わせて、声を上げて、紫雲は訪れる快楽の波が怖くてたまらない。ただ、ハービンジャーが抱きしめてくれていて息遣いが聞こえてくるのがたまらなく心地良い。
「はっ、あ、はーびん、じゃ、ハービンジャぁ………」
「――紫雲、紫雲、はぁ、は、あ……紫雲っ」
 
「あっ、はぁ、あああっん!」
「――っ」
 奥で吐き出された熱に紫雲は高く嬌声を上げて達した。



* * *




「はぁ……」
「何だよ」
「もう、ハービンジャーとお風呂に入らない」
 紫雲はむぅとむくれたままハービンジャーの膝の上に座っていた。場所は湯船の中だ。ハーブの良い香りに包まれているというのに紫雲の機嫌は一向に良くなる様子はなかった。
「なんでだよ」
 ハービンジャーはあーん、と口を開けて紫雲の首筋に噛み付いた。
「ひゃ」
「好きだろ?」
 にやりと笑う。
「〜〜っ、やっぱりハービンジャーとはもう入らないっ!!」
 紫雲は急いで立ち上がろうとして、腰に力が入らずゆるゆると湯船の中に戻ってしまう。溺れないようにとハービンジャーが腕を掴んで自分の膝の上へ戻すと、くつくつと笑いだした。

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