傅く相手は、何度喚ばれても、ただ一人だけ


 この世界で再び目を開けた時、そこに立っていたのは二人の少女だった。
 彼女たちは私を見上げて暖かな手と、声で自分を迎え入れてくれた。この世界で、"主"を持って現界したのはいつ以来だろうか、と過去に思いをはせてみるが、とりあえずは自己紹介が必要だろう、と私は主の前で不遜だろう、と思ったが傅くことはせず、自分よりも聊か身長の低い明るい髪色の少女を見下ろした。

「サーヴァント、ルーラー。真名はアレイスティルよ。俺は見守ることが仕事なの、だから、貴方たちの事、見守らせてもらうわ」

 そう、彼女たちは世界を救うための戦いに身を投じていくのだ。一人、一人と、カルデアと呼ばれる組織の英霊たちは潤沢になってきた。私は静かに戦いを見守る、という選択肢はとうに消え失せていた。戦いの中にだけ、見守られる何かがあることに気づいたから、だ。
 とある日、カルデアに幼き日の彼の人が召喚された。

「アレイスティルですか?うわぁ、とても美しい女性になったんですね」

 幼き日の彼――子ギルはそういって私の手を取った。恭しく臣下の礼を取った私に対して彼は手で制すると、対面の椅子に座るように促した。
「どうしたんですか?すごく――悲しそうな顔してますよ」
 彼はこの幼き日のままではない。それを、悪いと思ったことがないが、ただ、この日のままいられたとしたなら、と不毛な考えを起こしてしまう。たらればなど、考えても考えても途方のないものだと、知っているのに。
「なんでもないの。ギル」
「本当ですか?」
「ええ、本当よ」
 子ギルの金の髪を優しく撫でた。柔らかくて、さらさらと指の間を零れていく金の髪から覗く赤い瞳がじっと私を見つめて離さない。なんとかぎこちなく笑いかけて、彼の小さな体を抱きしめた。きっと、もう一人の彼に会っても、抱きしめることすら、叶わない。
 この想いも、この願いも、ガイヤとの契約の時に捨て去ろうと、決めたのだ。この体を抱くのも、このカルデア――世界救済という名の幻想の間だけ。




 それは、一瞬でわかった。



 カルデアの中を走ると、つい先日召喚されたばかりの赤い弓兵――エミヤが走ると転ぶぞ、などと聊か年齢を考えていないような言葉が飛び出してきていた。いつもならむっとして足を止めるところだが、それどころではなかった。
(彼が来た)
 走った。途中で案の定足を引っかけてころんだ。でも、気にかけてはいられなくて、召喚が行われるサークルのあるところまで走る。そして、ドアを開けて、そこに見えた人はやはり、あの日と変わらない神々しいまでの威厳と、風格を持った金髪の男がそこに立っていた。
「ほう?」
 聞き覚えのある声だ。
 体がわずかばかり震えて、声が出なくなりそうだった。赤い瞳同士の視線が交わって、恭しく跪いた。

「アレイスティルか――よい、来い」

 尊大な、態度だ。普段ならきっと辟易するのだろうが、許されたことが、わずかばかり嬉しくて判断が鈍った。――あの時の彼は近くに寄ることすら許してくれなかったのだから、その、最期の時まで。
 アレイスティルは跪いた体勢から一度立ち上がるとゆっくりとギルガメッシュの前まで歩いて行った。その足取りはひどく緩やかであり、優雅であり、その場にいた全員が息をのんだ。
 二人は視線を交わらせると、ギルガメッシュの手がゆっくりとアレイスティルの頬に触れた。それもわずかな時間でギルガメッシュが手を離すと、アレイスティルはその場に跪いて項垂れた。二人の間にはわずかな言葉も、許されていないような空気だった。

 アレイスティルは目を見開いた。
 差し出された手。
(ああ、泣きそうだ)

 差し出された手に震える手を重ねると、そっとその手の甲に唇を添えた。筋の甲冑の冷たい感覚が唇に触れて、目を瞑った。

(どれだけ、主が変わっても、幾世の時代を渡り歩いても)

(私の王様は、ギル、貴方だけ)

 わずかに開かれた紅い瞳からわずかばかりの涙が零れ落ちた。


(この想いは――貴方への忠誠でいい)

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