名誉の負傷ではなくただの命知らず


 レイシフト先で敵に囲まれることなど決して珍しいことではない。いつもは立香と一緒にレイシフトするのだが彼女は今日、不調でたった一人で素材を集めるためにレイシフトをするために紅離はサーヴァントを連れ立って草原に来ていた。頼れるマスターは自分ひとりだけ、サーヴァントも李書文とモードレッドの二人だけである。
「おい、マスター、ガントはどうした!?」
 モードレッドが前の敵を斬り捨てながら叫んだ。紅離の愛用のガンホルダーにはショットガンが入っている。紅離はサングラスの奥の瞳で困ったような笑みを浮かべてそして首を横に振った。
「残念ながら魔弾切れ、だ」
「もっと補充しておけよ!!!!」
 ごもっともです、と紅離はモードレッドが突っ込んでいくのを見ながら頬をかいた。魔弾も材料が特殊故に作るのが大変な礼装なのだが、魔術師ではないモードレッドにそこを説明しても無意味だ。Dr.ロマンことロマニ・アーキマンからは強制レイシフトで撤退をと言われたが、ここでみすみす撤退して集めた素材を無駄にするのはゴメンだった。
「呵呵! どうする、マスター」
 書文が紅離の前に立って槍を構えながら言った。紅離を守りながらの戦闘、おそらくは二人に相当無理を強いることにはなると思うが、紅離の選択肢の中に今、撤退の二文字はなかった。
「モードレッド!」
 あ!? と振り返る叛逆の騎士。
「書文!」
 応、と静かに答える歴戦の神槍の使い手。
 そして、紅離は静かにサングラスを外すと、腰につがえていた小刀を手に取った。しっかりと前を見据えて、その瞳は鋭い刃のように鋭く、二人のサーヴァントはニヤリと笑った。
「行くぞ」
「「おう!!」」



「も〜〜〜〜心配したんだからね、紅離くん!!」
 戦闘を終了し、カルデアに戻ってくるとロマニ・アーキマンから一気に詰め寄られた。おかげさまで服はボロボロだが大した怪我もなく終わってこれはこれで褒めてほしいものだが。
「マスターが前線で戦うのは危険だって、アレほど!」
「はいはい、わかりました。次からは魔弾の補充をしっかりしておくよ」
 ――凍結保存されているマスターたちを使ったほうが俺的には楽なんだがな、と独り言ち考えながら、紅離はこちらに手を振ってくるレオナルド・ダ・ヴィンチに手を振り返して、書文とモードレッドには休息を申し付けた。また何かあればレイシフトするかもしれないとの旨を伝えれば、モードレッドは「さっさと魔弾補充しろよ」とだけ残してさっさと自室へと戻っていく。
「マスター」
「ん?」
「儂は深く追求せんが、傷は早めに治しておけ」
 ――お主は強いが、生身の人間なのだからな。とだけ言い残すと彼も又、去って行ってしまう。あー、と紅離は声を発しながら、溜息をつくとレイシフトルームからロマニのお説教から逃げ出すようにして出ていった。

 廊下へ出てみれば立香の喚んだサーヴァントたちがところどころに目につく。マシュも見かけ、彼女はおかえりなさい、と静かに頭を下げてきてくれたので、目礼で答えてスタスタとマイルームへ戻ろうとしたのだが、その前に怪我をしている右腕を思いっきり背後から掴まれてぎゃ、と変な声が上がった。
「紅離、おかえり」
「〜〜っ、た、ただいま、シャロン……あの、右手、離してくれるか」
「……また、怪我してるでしょ」
 彼女はシャロン・A・K・ワーズワースである。医療魔術に優れたワーズワース家から排出されたマスターで、紅離の一歳年上だ。思い切り掴まれた右手が熱を持ち、顔を思い切りしかめた。
「大丈夫だって、大したこと」
「放って置いたら後で辛いのは紅離だけど」
「……お願いします」
 ついてきて、とシャロンの気迫に負けて連れて行かれたのは現在主不在になりつつある医療室だ。さすがはカルデアというべきか最新設備が整っており、この医療室の雰囲気はどうにも紅離には苦手だった。だって、ここは人を救う場所だ。――死霊魔術師である紅離にとってここはひどく乾く場所なのだ。(かといって、まったく病院にかかったことがないわけでもないのだが)
 傷口、みせて、と言われて紅離は案外あっさりと制服の上を脱いだ。右上腕から肘にかけて大きくできている深い刀傷にさしもワーズワース家でたくさんのけが人や病人を見てきたシャロンでも一瞬ばかり顔をしかめた。これで痛みが無かったなどと言われたら彼女を本気で化物だと認識するところだが、シャロンが強く握った時彼女は痛みで肩を震わせ、声を上げた。痛みはあるようだ。
「紅離って治療魔術苦手なんでしょう。なんで、むちゃしたの」
「……囲まれちゃって」
「撤退っていう手段だってあったのに」
 手を翳され、ゆっくりと彼女の魔術回路が起動したのが紅離にはわかった。応急処置として適当に止血されただけの傷口が静かにゆっくりと塞がっていくのを眺めながら、やっぱり自分にはこういう繊細な魔術は無理かな、と思いつつかつての義母の姿を思い出す。彼女は切り開くということが得意だったからか、こういう傷も塞ぐのも得意だった。
「モードレッドと書文を信じてたから」
「だからって前線でわざわざ敵を引きつけるマスターがどこの世界にいるのよ……」
「んー、ここに?」
 はぁ、と頭を抱えたシャロンの手が丁寧に紅離の腕に少し大げさ気味に包帯を巻いていく。キレイに巻かれた包帯を上からとん、と叩いてシャロンは終わったわ、と呟いて道具を片付け始める。
「よかったわね、ナイチンゲールに見つかる前で」
 と言えば、紅離は肩を震わせた。あの狂乱の看護師は恐ろしい。患者を救うためならその患者を殺してもかまわないと思っている完全なバーサーカーっぷり。いや、彼女の逸話を考えればわからなくもないが、それにしてもこちらとしてはたまったもんではない。確かに彼女に見つからなくてよかった、と思いつつ、早めに治しておけ、という書文の言葉を思い返して、そうだなぁ、と得心がいった。
「もう無理しないようにね!」
 そういって頭を撫でられる。
 頭を撫でられたのは久しぶりだった。ひどく懐かしくて、紅離自身には姉はいないが、姉妹が居たらこんな感じなのだろうか、と思うと胸が熱くなるような感じだった。
「うん」

 約束しないけど、と言ったら、こら、と鼻を摘まれた。

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