と銃


 紅離はマイルームから珍しく外に出てきているかと思えば、図書室で本を読みながら銃をいじっていた。父から譲り受けた水平二連式のショットガンは紅離の相棒であり、このカルデアに来てからも幾つもの死線を共にくぐり抜けてきた。乾いた布で表面を拭き、オイルを塗り、弾倉部分も念入りに手入れする。この日頃からのメンテナンスこそ、自身の命を預ける武器への愛着行動だと紅離は父から教わった。初めて銃を持ったときにはその重さにひどく驚いたが今となってはしっくりと来る重さでぺらり、と死霊魔術関係の魔術書をめくりながら、銃をいじるのもほぼマイルームでやっていることとはいえ、日課に近い。
 すると、一つの視線を感じた。
「……チヒロ?」
 意外と近かった、と思いながら紅離は銃を覗き込んでいるチヒロ・A・ヘルキャットを呼んだ。彼女の手にも紅離と同じく魔術書(ジャンルは違うだろうが)が持たれており、本を探しに来たことはすぐに伺えた。ここで銃をいじっているのが珍しかったのか、それとも銃そのものが珍しいか(魔術師が銃などの近代兵器を使うことはよほどのことがない限り、ないだろう)彼女の視線は銃に注がれている。
「――持ってみる?」
「え?」
 ショットガンの部品諸々を組み立て直し、銃弾が入っていないことを確認してチヒロにそのショットガンを手渡した。わぁ、と僅かに目を見開いた彼女に手には似合わない大型のショットガンに紅離は苦笑した。持たせてみてあれだが、とても似合わない。――少女らしい少女が持つ代物ではないだろう、これは。
「重たいですね」
「そりゃ、水平二連式だし、ショットガンだし。持ち慣れないと重たく感じるかも」
 どうぞ、と返されたショットガンの構えてみて持った感覚で銃の様子を確認する。いつもと遜色のない感覚に満足してガンホルダーにショットガンを入れる。次にチヒロの視線が向いたのは魔術書だった。
「死霊魔術のですか?」
「そ。といっても、この手の研究は父さんの方が進んでたなぁ」
 死霊魔術の大家――獅子劫家の八代目こそ紅離の育ての親だ。血の繋がりはなかったし、ついぞ彼の魔術刻印は引き継げなかったが(そもそも適性がなかったし、紅離は十六になった時、義母の実家で紅離の血縁である右京家の魔術刻印を引き継いだ)彼の魔術を模倣し、彼の道具を愛用し――そこまで考えて、そういえば、チヒロは父、獅子劫界離に会ったことがあるのだと思い返した。
「確かに獅子劫さんはその手ではとても優秀だったと」
「顔は怖いけどね」
 冗談交じりにいえば、チヒロは父の顔を思い出したのかああ、と苦笑した。本人に全く自覚がないのが困りものだが、話せばとてもいい人なのだ。外見は怖いが。チヒロがぺらぺら、と紅離の見ている魔術書をめくっていった。死霊魔術はそれそのものの研究は進んでいない。何より、研究するためには大量の死体が必要だからだ。戦争が起これば、死体を集めにいく死霊魔術師だって少なくはない。
「その銃はお父様から?」
 チヒロの質問に一瞬答えられず、え、ああ、と頷いてホルスターについている相棒を見た。
「うん、父さんからもらったんだ。十六歳の誕生日にね」
 魔術刻印を引き継いで正式に魔術師として認められた時のプレゼント。義母は年頃の娘のプレゼントとしてはどうなの、と義父を問い詰めていたが戦場に生きると決めた紅離への義父なりの配慮だったのだろう、と紅離は懐かしげにホルスターの上から銃をなでた。
「大切なものなんですね」
「そうだなぁ、魔術師としては異色だけど」
 ごそごそ、とポケットの中を漁って紅離は笑った。
 そして、そのうちの一つ――ピンク色の棒付きキャンディをチヒロに差し出した。
「でも」
 チヒロはキャンディを受け取って笑った。
「受け継ぐのは魔術師らしくて、いいと思いますよ、私は」
 受け継ぐ、そうか。
 紅離は目を見開いて、驚いた。そんなこと考えたこともなかったし、言われたこともなかった。魔術師は後世にその魔術を残し受け継いでいく。魔術刻印だったり、はたまた別の形であったり、口伝であったり。義父は自分が死霊魔術を学ぶことに最期まで反対していたが、十六歳を境に何も言わなかったのはそうか、この銃が答えだったのか、と思うと、自然と笑いがこみ上げてきた。
「え、え?」
 チヒロが困惑しながらこちらを見ている。ごめん、ごめんと、笑いながら手を向けていう。
「素直じゃなかったんだなって、俺も、父さんもさ。ありがと、チヒロ」
 漸く、気づけたよ、と言えば、チヒロはキョトン、とした顔でキャンディーを持ったまま固まっていた。

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