剣に誓いを手の甲にキスを


 その鮮烈たる剣の動きを初めて見た時、カルデアのマスターの一人獅子劫――カルデア正式登録名称で言うなら右京――紅離は背中に走った痛烈な恐怖と高揚感に自らが命がけの戦場にいるのだと否が応でも理解させられた。それまで死霊魔術を学ぶ上である程度理解しているつもりだった、命がけの戦場も、命のやり取りも戦いも。だが、それが単なる机上の空論であったことを改めて思い知らされる。銃を持つ手が震えた。一歩踏み出そうとする足が竦んだ。それは生物としての生存本能だ、恥じる必要はない。でも――それ以上に。


「心が奮えたぁ?」
 マイルームで銃を整備している紅離はモードレッドにそう言って聞かせた。聞いてきたのは彼女だったので、回答としては間違ってないはずだ。紅離は食べる?と立香が喚び出したエミヤの作ったチェリーパイを差し出すと彼女はベッドに横になったまま手を伸ばしてくる。アーサー・ペンドラゴンの唯一無二の後継者である、と豪語する割にはそういう作法に頓着しない彼女のあり方は紅離としてはひどく好ましいと思っているが、さしも自分が寝るベッドではやめなさい、と言って彼女に起きるように忠言した。
「マスターは意外と頭おかしいやつだったのか?」
 ――普通なら逃げたくなる場面だぞ、それ。
 彼女の言葉はまさしくそうだろう、と紅離も納得している。
「義父も義母も戦場で生きてる人たちだったしなぁ、それに死体はいつもすぐ隣りにあった」
「さすが、死霊魔術師。陰気だな」
 はっ、と笑うモードレッドの瞳に決して侮蔑の瞳はない。彼女が呪術を施しているとはいえ、撃ち出す銃弾こそ価値のある魔弾――彼女は指弾とも呼んでいた、ガントだ――は魔術師の指から作られているとモードレッドは聞いた。そして、それは彼女は一度見ている。
(――似てるよな)
 かつて、別の世界、別の時間軸で彼女を召喚したマスターに。名字も一緒だった。聞いてみれば、彼女は彼――獅子劫界離によって育てられたのだという。その妻の遠縁に当たることを聞き出したのは最近のことだった。だから、本来血の繋がりはないはずなのに、ひどく、――時折錯覚してしまうくらい似ているのだ。あの、マスターに。
「モードレッド?」
「いーや、なんでもない」
 うまいな、これ。というと、まだあるよ、とホールから一つ切り分けてモードレッドへ渡した。
「甘いもの好きなんだな」
「義母さんがね、作るのが上手だった」
 チェリーパイだろうが、クッキーだろうが、和菓子だろうが。いっぱい作ってくれたよ、と少し懐かしげに目を細めた紅離に、そうか、とモードレッドは返してチェリーパイをサイドテーブルへ置いた。そして立ち上がると椅子に腰掛けている紅離の前に立った。いつもの軽装ではなく、鎧をまとった姿へ変わると、紅離は目を見開いた。

「オレは円卓の騎士――モードレッド。この剣はマスターの剣であり、マスターに勝利を捧げる」

 宣誓。
 勝利を捧げよう――あの時できなかったことを繰り返すことは絶対にしない。
 真剣なモードレッドの瞳に紅離は柔らかく微笑んで、その右手――令呪の刻まれた手を差し出した。モードレッドはその手を取ると、ゆっくりと自分の唇へと近づけた。触れるか、触れないか、ギリギリのところで唇の端を持ち上げて笑う。――らしくないな、オレ。

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