傘の中の


「雨振ってきちゃったねぇ」
「だな」
 軒先、灰色の雲を見上げながら獅子劫界離と紅葉は滴り落ちる無数の雨に表情を曇らせた。天気予報では今日は晴れだった、とか今更言ったところで遅いわけで、この時期の天気が変わりやすいのなどわかっているのだから傘の一本でも用意しておけばよかったとか色々二人の間で議論が交わされたがとりあえず、雨は止む気配はなかった。
「あ」
「何だよ」
「俺が界離のジャケットの中に入れば俺は濡れない!」
「却下」
 俺を犠牲にする気満々じゃねえか、と言われてそこは男らしく俺が守るとか言おうよ、と返しておいた。軒下の垂れ幕に滴り落ちてる雨粒が紅葉と獅子劫の前を通り過ぎて行く。道行く人達は皆傘を持っていて、紅葉と獅子劫ははあ、とため息を付いた。
「なんだか、久しぶりだね」
「ん?」
 獅子劫が紅葉を見下ろした。身長差が三十pくらいあるせいか、紅葉は顔はひどく下に見える。紅葉は獅子劫を見上げて穏やかに微笑んだ。
「界離と話すの」
「毎日話してるだろ」
「仕事の話ね、仕事」
 紅葉は困ったように笑った。
 堅いブーツでできた水たまりをければ、ばしゃ、と水が跳ねて、雨の中に消えていく。どうせ、また別のところで水たまりになるのだろう、と適当に眺めていると獅子劫がジャケットを脱いだ。
「ん?」
「……肩濡れてきてんぞ」
「本当だ」
 少し風に流れて入ってきていたのだろうか、と紅葉は少しだけ濡れていた肩を覆うように折角貸してくれたのだ、と獅子劫の魔獣の革で作られたジャケットを引っ張った。
「早くやまないかなぁ」
 おなかすいちゃった、と言えばそうだな、と同じように空をみあげている獅子劫から返事がきた。食事のできる店はこの通りから一本奥にあるから、きっと雨に濡れなくちゃならないだろう。近くに傘を売ってる店もないしどうしようか、と思っていたら紅葉鼻がムズムズとしてくしゅん、とくしゃみをした。
「……」
「……」
 ちょっと気まずい沈黙だった。はぁ、とため息をつく獅子劫をおそるおそる見上げてみればジャケットで体をあっさりとくるまれて抱き上げられた。
「界離……?」
「このままホテルまでダッシュするぞ。ホテル戻ったらちゃんとシャワー入れよ、いいな」
「え、あ、でも、界離が」
「……一緒に入ればタイムラグないだろ」
 びく、と紅葉の肩が震えてみるみる顔が紅くなった。
「照れるなよ、こっちまで恥ずかしくなる」
「だ、だって……」
「いいから、ちょっと黙ってろ、舌噛むぞ」
「え、そんな走り方するの?」
 深くかぶってろ、と思い切りジェケットで顔を隠されて紅葉は真っ黒になった視界のなかでクスクスと笑った。走るぞ、と聞こえた界離の言葉にオレンジ色のニットの服を掴むと、ぱしゃん、と水たまりを思い切り踏みつけて走り出した界離をそっとジャケットの中から見上げた。

ALICE+