貴方が大好きで、だから大嫌いだった


 魔女王。
 いつからだったか、俺のことを人がそう呼ぶようになっていた。おそらくはその戦い方なんだろうと思う。シャドウヴァルプルギスのクランの特徴は魔女――乃ちは悪しき魔法を使う女性たち。シャドウパラディンにあった魔女部隊が独立した魔法遊撃組織となった。彼女たちは自らの魔法をあらゆることに使い、あらゆる「儀式」を行う。そして、その魔法で――人の心を惑わすように、俺もあらゆる儀式を持って、相手を翻弄し、惑わしていく。
 心をつかませない、そんな女。

「らしいよ、俺」

 フーファイターの実質上のナンバー2である新城テツの執務室に押しかけるのももはや日常とかしている。俺がソファを陣取って、紅茶のセットまで広げていてももう文句を言う気もないのだろう。テツは俺に一瞥もくれることなく書類を見ては、パソコンを操作してと仕事に忙しそうだ。俺も同様にレンの双子の姉として散々仕事があるのだが――そこはテツとの差だろう、すでに六本の商談用の資料も完成させた。文句は言われる筋合いはない。――手伝わないのか、という疑問にはあえてスルーさせてもらう。
「そうか」
「聞いてないでしょう」
 返事が適当だよと言えば、そうだな、とこれまた適当な返事。どうやらテツは仕事に集中していてこっちにかまってくれる気はないらしい。まあ仕方ないのかなと思いながら俺はソファで膝を抱えるようにしながら、一番大きなクッションを抱えた。
 じいとテツを眺めてみる。話もしてくれないならそれしかすることがないのだ。お菓子をつまんだり、お茶を飲んだりよりもテツを眺めていたほうがよほど楽しいし。眉間のシワは今日も増えるばかりで、やっぱり十代とか嘘だよな、とか思ってしまったのは内緒だ。
(やっぱり好きなんだなぁ)
 魔女には天敵がある。
 ――それは恋だ。恋だけは駄目だ。
 それは魔女の魔法を鈍らせてしまうのだから。
(魔女王も形無しだなぁ……)
 好きで、好きで仕方ない。この気持に嘘はないし、ずっと変わらないのだろうとすら思える。弟のレンと、テツを天秤にかけることができなくなっている時点でおそらく新城テツという存在が如何に自分の中で大きい存在なのかわかる。誰にも上げたくない、誰にも取られたくない。
 ――ずっと、傍に居てほしい。
(なんて、我儘だって知ってるけど)
 大好き。大好きで。
 でも、だから大嫌い。自分の知らなかった気持ちを、知りたくなかった気持ちをまざまざと見せつけてくるから。こんな感情あったんだなぁ、とか、ああなんだか嫌なやつだなぁって思うことも少なくなくて。大好きで大嫌いなんてすごい矛盾していることが落ち着かなくて、ぎゅうとクッションを抱きしめた。
「テツ」
 ねえ、こっちを向いてよ。
 テツはやっぱり書類を見ていてこっちは見てくれなくて。
「大好き」
 その声は小さくなった。なんだか、聞かれてはいけないような気がして。魔女王が恋してるなんて、他の魔女たちが知ったらお笑い草ね、なんて心で笑って。ぱさ、と投げ捨てられた書類の音が聞こえて、俺は顔を上げた。テツが困ったように笑いながらこちらをちゃんと見ていて。
「俺も、だ」
 耳が一気に熱くなった。ああ、冷ますものがほしいくらい。
「これが終わったら構ってやるから、もう少し待っててくれ」
 魔女王様。
 ぎゅう、と体を抱きしめて、顔を膝に埋めて、うん、と小さく答えた。

 こんなに心が掻き回されているのに嫌じゃないなんて――本当に魔女に恋は天敵だ。

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