魔法が使えない魔女はになるの


「泡になるのは人魚姫じゃなかったか?」

 至極まっとうな新城の言葉にアスナはうん、そうだねと頷いた。
 泡になって消えたのは人魚だ。
「でも、俺なら泡になって消えそうじゃない?」
「世を憂う儚い美少女気取りだったのか」
 冗談めかしてアスナはカードをいじりながら笑った。今は新城とヴァンガードでファイト中だった。珍しく、本当に珍しくアスナから新城を誘ってきたというのにファイトよりも雑談に気が向いているのがアスナだ。レンと同じく本気にファイトに向き合えば頂点すら手に届きそうなファイターだというのにレンに比べファイトへの情熱が薄い気がする。いや、それこそ、"魔女"なのかもしれないが。
「お前のターンだぞ」
「ん。スタンドアンドドロー。……ねぇ、テツはさ、魔女が魔法を使えなくなる原因ってなんだと思う?」
 ライドザヴァンガード、とアスナはヴァンガードの上に自身の切り札とも言えるカードにライドした。「聖剣の魔女 マーリン」――麗しの魔女はかつて聖なる王に選定の剣へ導いたという。しかして、彼女は夢魔とのハーフ、その心は闇に染まり、魔女として今はシャドウヴァルプルギスの主催者を勤めているらしい。
「さあ、俺には想像もつかん」
「魔女はね、恋をしたら魔法が使えなくなるの」
 リアガードでヴァンガードをアタック。ダメージはまだ2、あえてガードすることもなく新城はダメージトリガーを引いた。次のアタックはヴァンガードからヴァンガードへ。グレード3のカードがアタックしてくるから、ダブルトリガー。
「ゲット。クリティカルトリガー。効果はすべてリアガードの誘惑の魔女メディアへ」
「――恋、か」
「そう。恋。誘惑の魔女メディアでヴァンガードをアタック」
「完全ガード」
 あら、とアスナは少し目を見開いてでしょうね、と呟いた。私のターンはこれでおしまい、と言いながらアスナはひらひらと手を振った。
「魔女の恋は叶わないんだって」
「ほう。スタンドアンドドロー」
 連れないなぁ、とアスナは肩をすくめる。
「だが、魔女王と呼ばれているお前は違うだろう?」
 ライド。
 アスナはふと新城の顔を見た。真っ直ぐな瞳がアスナを射抜く。
「お前のしつこさには驚いた」
「――いつの話、それ」
「中学だったか」
 薄っすらと笑う新城の表情にアスナは少し頬を赤らめて目をそらした。
「叶わないなんていいつつ全力で人を誘惑した女の言うことではないだろう」
 落とされた、俺も俺だが。
 だが、それも悪くない、とテツは笑った。
「俺はダークイレギュラーズ使いだからな。快楽と堕落に落ちるのが似合うだろう?」
「……真面目なくせに」
「何だ、お前には真面目な男に見えてたのか?」
 至極楽しげに笑った。


* * *



「さて、ファイトは俺が勝ったわけだが」
「……今日は勝ちを譲ってあげたんだもーん」
「そういうことにしておこう。そういえば、ファイトを始める前の約束を覚えてるか?」
 新城はカードを片付け終えるとアスナに近づいてきてひょいと抱き上げた。背丈もレンと変わらないため体重もそこそこあるはずなのだが、いつもあっさりと抱き上げられてしまってアスナは突然の浮遊感にいてもたっても居られず新城の首に抱きついた。
「勝ったほうが、負けた方を好きにできるんだろう?」
「……そう言ったけど、え、本当に?テツ、仕事は?」
「今日の分は終わらせてあるし、後はアサカでも問題ない。――レンの急な呼び出しさえなければな」
 アスナの部屋のソファにアスナを優しく下ろすと、服の襟元を緩めて開けた。ソファに寝かせられたアスナに覆いかぶさるとその額にキスをした。
「……もう」
「嫌なら抵抗してもいいぞ」
「……いじわる」

「ああ、そうだ」

 服に手をかけながら、新城はアスナを見つめた。
「もしも、お前が魔法が使えなくなって泡になるとしても――あらゆる手を使ってお前を取り戻すんだろうな、俺は」
 お前がいないのは想像付かないが。

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