逃避行には向いてない


「……やられたなぁ」
 レイシフト先。紅離は怪我をした左足を見ながら呟いた。幸いにして既に魔術刻印は動き出し、紅離が生き残れるように「復元」の魔術を始めているのか、徐々に痛みは軽減されてきているが、ざっくりと切られている腱からはまだおびただしい量の血が溢れ出ている。近くにいる立香とマシュが大丈夫かと声をかけられるが適当に返事を返しておく。この傷ならば一時間。もしかしたら、この魔力量ではもう少し掛かるかもしれない。
「おい、マスター」
「バーサーカー?」
 紅離は顔を上げた。痛みにある程度の医療魔術をかけておくが、あまり得意なたちではないせいか(紅離の義母は刃という起源のおかげか、斬って開くという魔術特性のおかげか、医療魔術がとても上手だったのだが)その治療は随分とずさんだ。それをみて、土方はち、と舌打ちをして懐から布を取り出して、紅離の足に巻きつけた。手際がよく、きれいに巻かれている。バーサーカーとは思えない手際に、紅離はぱちぱちと目を見開く。まあ、彼はバーサーカーとはいってもいささか特殊なものなので、一概には言えないだろうが。
「よし。応、行くぞ」
「おい、マスターは足が使えねぇだろ」
 モードレッドが噛み付くように言う。しかし、それを一瞥にして土方は紅離を抱えた。わ、と色気のない声だったが、それを鼻で笑う土方は片手で紅離を抱えると、武器を構えた。紅離は女性としては背が高い。百七十を超えた身長に加え、鍛えているからこその筋肉があり、普通の女性よりも細身に見えても随分と重たいのだが……土方は意に介した様子もなく歩き出した。
「バーサーカー、少し待てば……」
「あ? 待ってる時間も惜しいだろうが。今は止まっている場合じゃねえ」
 彼らしい言葉だった。
「それよりも。ちゃんと捕まってねぇと振り落とされるぞ」
「……お前なら落としても気にせず進みそうだ」
 そう思うなら、捕まっとけ。
 紅離はその言葉に従って彼の首にそっと腕を回した。抱え直し、体を安定させると土方は目の前の敵へゾッとするような笑みを浮かべて、突撃した。



「いや、振り落とされるかと思ったよ、実際」
 紅離は医務室で治療を受けながら淡々と答えた。その割には冷静だね、と苦笑いするドクターは紅離の傷口を確認して一瞬顔をしかめたがすぐに手際のいい治療を開始してくれる。本当にいいドクターだ、と紅離は既に痛みが復活しだしている傷口に顔をしかめた。
 紅離の後ろではモードレッドが面白くなさそうに顔をしかめている。
「落ちなかったから、いいじゃないか、モードレッド。バーサーカーなりに考えてくれたんだよ」
「わーってるよ」
 自分が抱えればよかった、とか、いいところを持って行かれちまった、とブツクサ呟いている彼女にくすり、とわらうと紅離は台の上に放り出されてしまった、土方が巻いた布をそっと手に取った。

「抱えられたのなんて、懐かしいな」

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