見上げたは遠かった


「岡村って、空が近く見えてそう」
「なんじゃ、突然」

 冬の部活終わり。
 吐く息は白くなって、流れていく。雪は幸いにしてやんでいて、降り積もった雪に足跡を残すように踏みしめながら紅葉と岡村は暗くなった道を二人で歩いていた。紅葉は男子バスケ部のマネージャーで、岡村はバスケ部のレギュラーだ。本来なら学校の近くにある寮で暮らしていて、こんな夜にわざわざ通学路を歩く必要はない。ただ、紅葉を家に送るためだけに来ているのだ。
 ぐるぐるに巻かれたマフラーと毛糸の帽子。がたい良いくせに寒がりか。と紅葉は岡村の服装見ながら笑って、一歩、また一歩とブーツで雪を踏みしめて歩く。
 冬は空が澄み切っているからか、街頭のあまり多くない道だからか、星がよく見える。
「ほら、俺、小さいからさ、空がすっごい遠いんだよ」
「ああ……」
 バスケ部の岡村の身長は二メートル。初めてその身長を聞いた時は、紅葉は笑って、縮めと叫んだものだ。その身長を俺にも分けろ、と。そういう紅葉の身長は百五十センチだ。女子の平均身長よりも少し小さい身長は紅葉にとってはコンプレックス以外の何者でもない。
「岡村は、すごい近くに見えてそうだよね」
「別にそういうもんでもないぞ?」
「えー、そうなの」
 くだらない話。途中のコンビニに寄り道して買ったまだ湯気が出ている肉まんを紅葉は頬張った。岡村は手に持った缶コーヒーを一口飲む。どれ、と思って、紅葉のコートでもこもこしている両脇に手を突っ込むとそのまま持ち上げてみた。
「わっ、何すんの!?」
「どうじゃ、近いか?」
 バタバタと暴れる紅葉に笑って聞いてみれば、紅葉はえ、と一瞬固まってそして、空を見上げた。しばし、悩んだ後、紅葉は首を横に振った。
「全然近くない」
「だろう?」
 ――そんなもんだ、と言って雪の上にまた紅葉を戻す。そして、また歩き出した岡村に、紅葉は少し心臓を抑えながらふぅ、とため息を付いた。
(心臓に悪いわ、馬鹿)
 バクバク、と打つ心臓をなんとか宥めながら、置いていかれないようにと岡村の背中を目指す。
 ついでに肉まんを全て口に押し込んで、堅い雪玉を作ると、思いっきり岡村の背中に投げつけてやった。

「何すんじゃっ!?」
「へっへー」

 この。
 くだらないじゃれ合いが、少しでも長く続くようにと紅葉はまた雪玉を作りながら願った。

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