Don't count the only sin, please count the happiness
――ばかりを数えずに幸福を数えて――


 本日、快晴。
 珍しく、黎明の首都、カン・バルクの空は鈍い灰色の雲に覆われず、この年一番の美しい青空を極め、雪は降らなかった。今日という祝いの日に晴れ渡るなど、とカン・バルクの住人達は大いに喜び、祝いの祈念布をつりさげ始めた。
 城下の賑わいがまるで城にも届いているかのように、ガイアス城内も本日は賑わいにあふれていた。いつもの静寂の城の様子とは異なるその中を、リーゼ・マクシアの宰相となったローエンはきびきびとした足取りで歩いていた。兵士たちも、どこか忙しなく落ち着かず、警備の仕事もそっちのけで話し込んでいる者もいるが、今日ばかりは致し方ないのだろう、とローエンはため息をつきながら、考える。


 ――今日は、黎明王ガイアスと、それを支えた副王アレイスティルの結婚式の日であった。


 ガイアスと共に黎明の道を歩んできたアレイスティルが結婚相手ならば、と皆がこの結婚を歓迎してくれた。今か、今かと待ち望まれた結婚式が今日執り行われるとなれば、皆が浮足立つのも仕方ない。――しかしながら、本人たちはまた違った様子であるが。ローエンがとある部屋をノックして開けると、そこにはア・ジュールの伝統的な華美な花婿の衣装に身を包んだガイアスがそこに立っていた。
「おや、さすがよくお似合いで」
「世辞はいらん。アレイスの支度はまだかかるのか」
「気になられますか?アレイスさんは、今、侍女たちに囲まれてましたよ」
 あれは、美しく着飾られるでしょうね。とローエンはいつもの柔和な笑みを浮かべて、ガイアスの元へと近づいていく。ガイアスは城の窓から、城下の様子を遠目にであるものの、眺めていた。きっと、彼の目ならばきっと見えているのだろう、とローエンは思いつつその隣に立った。祝いの祈念布が飾られ、豪奢となっていく雪の街を眺めるガイアスの目は真摯であった。
「アレイスに結婚を申し込んでから随分と経ってしまったな」
「国が落ち着くまでは待つ、とアレイスさんもおっしゃっておられましたからね。しかしばかり、お二人の前途と祝う声が多くてよかったですね」
「神子アレイスティルがいかに、国民に愛されているかがわかる」
 ガイアスはそういいながら、ふっと口元を緩めた。精霊の神子として、今なお各地を巡っているアレイスティルは統一されて間もないリーゼ・マクシアにとってなくてはならない象徴的存在だった。精霊信仰根深いリーゼ・マクシアにとっては、精霊と深くつながりのあるアレイスティルの存在は欠かせず、まだまだ国内に不安要素を抱えるリーゼ・マクシア各地を巡って、彼らの声に直接耳を傾けている。
 結婚が遅れたのもそういった点があった。婚姻だというのに、アレイスティルがこのカン・バルクへ戻ってきたのもつい3日前の事だった。久方ぶりに雪を踏んだ、というアレイスティルは生来の寒がりを発揮して、こんなに寒かったかな、と毛布を何枚も着こんで、暖炉の前を陣取っていたのを思い出して、ガイアスはついつい笑ってしまった。
「ガイアスさん?」
「いや、あれは今も寒がっているのだろうな」
 そろそろ慣れればいいものを、とガイアスは思いつつも部屋から出る支度をとった。



 頭のてっぺんから、足の先まで綺麗に整えられたアレイスティルの体を包んだのは、美しい純白の花嫁衣裳だった。美しい刺繍の施されたそれに身を包むのは、少しばかりむず痒いような気がするが、美しいアレイスティルの衣装を見て、何より喜んでくれたのは侍女たちに混じってアレイスティルの衣装を整えてくれたカーラだった。
 涙ぐみながら、アレイスティルの姿を見て、その両手を優しく握った。
「アスナ、ありがとう……これからも兄さんをよろしくね」
「……カーラ。ありがとう。本当にありがとう」
 カーラの涙につられてか、アレイスティルの瞳にうっすらと涙がにじんでくる。堪えようとすればするほど視界が滲んできてしまって、アレイスティルは笑った。これじゃあ、化粧が崩れてしまうね、と冗談言って笑い飛ばすと、侍女たちにも笑いかけた。そして、後ろを振り向くと、大きな窓の方へ歩み寄る。祝いの祈念布が美しい風に揺られて、白銀の雪たちと舞い踊る。




 さあ、




 晴れ渡る中、その白銀の雪が降ってきたのは、もしかすると精霊からの祝いだったのかもしれない。そんな精霊に心当たりがあるばかりで、アレイスティルはふっと笑った。きっと、これは彼女からの贈り物なのだろう。
住民たちに、その姿を見せるようにゆっくりとアレイスティルは城下町を進んでゆく。住民たちからの祝いの声を受けながら、城を目指して歩く。その城では、ガイアスが待っている。そう思うだけで、少しばかり気持ちが焦るが、でも、心地よくて愛おしくて、たまらない気分になる。

 きっと、ガイアスは、これまでの罪を抱えて生きていくのだろう。
 自分の起こした過ちを、罰を、人の死を、すべて受け入れて心を尽くして、国のために生きていくのだろう。アレイスティルはその青と緑の瞳を閉じた。私は、彼に何がしてあげられるのだろう。傍にいる事しかできないときもあるかもしれない。共に戦う日もあるかもしれない。傷ついた彼をいやすときもあるかもしれない。自分が涙して、彼の腕にすがることもあるかもしれない。――しかし、自分は彼と共に生きたいと、心に抱いて生きていたい。


 手が見えた。
 ガイアスの手だ。
 アレイスティルはそっと目を開けて、その手に自分の手を重ねた。そっと握られたその手のぬくもりに、アレイスティルは笑った。


 罪を重ねてもかまわない。
 だけど、どうか、それを数える真似だけはしないで。
 貴方が幸福になってほしい、と心から望むものがいる、その限りは。

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