世界に祝福を、君には


 ――カスカ。

 木の上で眠っていたカスカは誰かに呼ばれたような気がして目を開けた。懐かしい声だった。既に十年近くは聞いていない声だった。人の記憶は声から薄れていく、というがカスカの中で彼女の声は耳によく残っている。ふと、気づけば彼女に呼ばれたような気がして振り返る。だが、そこに彼女はすでにいない。
 風が一つ流れて、木の葉が舞い上がる。
 本日は晴天。雲ひとつ見えない空の下、カスカは進んでいた。木を蹴って前に進めば、風がカスカの頬を撫ぜた。
 この先にあるのは墓だ。いや、墓というのには少しばかり違うのか、と思いながらカスカは口元に笑みを浮かべた。この先にあるのは寝床だ。とある女性が生涯をかけて眠りにつく寝床がこの先にあるのだ。
「――俺も年取ったなぁ」
 感傷に浸るようになっちゃったよ、とぼやくように呟けば、その場所は見えてきた。大きなチャクラの流れがここにはある。到底人間だけではどうにもならないチャクラの量が渦巻いているこの土地は、どの国も不可侵を敷いている。踏み入ってはならない、という条文が決まっているのだが――カスカは年に一度ここを訪れている。

 いつも一人だ。
 ただの平原が広がって見えるのは、チャクラが見せる幻術。彼女が過ごしたかった場所の幻覚。花がちらちらと咲いていて、たくさんの緑に囲まれた幻覚を見るたびに、彼女が望んだ平穏に泣きたくなった。
 この幻覚には誰もいない。
 ――そう。誰も、いないはずだった。

 赤い髪。
 地面につくか、と思うほどの長い髪が大きく風に揺れてなびいている。
 真っ白な肌。
 美しい目が冴えるような黄色の服。

「――、あす、」

 名前を呼びかけて、彼女は振り返った。遠い幻覚を振り切るように、見えたのは幼い子どもの姿だった。
「おじちゃん、だぁれ?」
 小さな子供がカスカを見上げていた。
 大きな赤い瞳がきょとん、と丸々として、カスカを映していた。それをみて、はは、とカスカは乾いたように笑った。そして、子供に視線を合わせるようにしてかがむ。
「カスカ、だよ」
「カスカ?」
「うん、ねえ、君の名前は」
「ヤクモ!」
 明るい子供の声。ヤクモと名乗る彼女はにぱ、と笑ってみせた。それが、最後に見せた、彼女の笑顔にとても似ていて、カスカはその手を握った。
「あったかいねぇ」
「ああ、暖かいね」


 ――その子の事、よろしく。


 遠い影から。
 彼女の声が再び聞こえてきた。
(相変わらず、お前は――身勝手だな)
 カスカはそう微笑みながら、遠くに見えた彼女へ笑いかけた。

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