キャットパニック


 トゥリファスの街はユグドレミアが仕切っているということもあってか、夜は戦闘体勢として静まり返り、人の声一つ、生活音ですら聞こえないほど静まり返っているが日中ともなれば、当たり前のように人が生活している大都市だ。ユグドレミアとの協定から二日。巨大な空中都市に攻め入るための準備が進められる中、紅葉は墓地から一歩外にでた。夫の獅子劫は現在伝手に頼んで空中都市に突っ込むための戦闘機を用意しているところだ。モードレッドも朝からどこかへ出かけていってしまったし、安静にしているようにとは申し付けられたが紅葉はどことなくもったいないような気がして、寝床にしていた墓から体を起こした。
 左目を失って二日。体はまだ片目の平衡感覚には慣れず、どうしてもまだ歩くときはふらつく。もう少し調節しなくてはとも思うが次に動くことがあればきっとそれは戦闘になるということだ。それまでに間に合うか、と聞かれれば微妙なところだった。おそらくは間に合わない。魔術刻印は正常に機能していて、それに伴う修復の魔術もきっちりと機能しているし、魔力不足にも陥ってはいない。それでも二日では戦いに戻れるほどにはなれない。
(……界離は俺を止める、かな)
 青空を見上げて紅葉はふと思う。獅子劫界離は優しい人間ではある。魔術師的な決断を取るなら、きっと魔眼の有用性はわかっているだろう。――どちらの獅子劫界離が決断を下すのか。夫として、それとも聖杯を望む魔術師として。もしも、聖杯を望む魔術師でいてくれるのなら紅葉を盾として連れて行ってくれるはずだ。希望的観測かも知れないが、と紅葉は静かにほくそ笑んで、ふと自分の脇を通り過ぎていった二人の男女の子どもたちを見た。女の子が必死で男の子に着いて行こうとして、転びそうになって――まるで、昔の自分たちのようだと微笑んだ。
 子どもたちが通り過ぎていって、路地へ視線を向ければにゃーお、と独特の鳴き声。見えたのは真っ黒な猫だった。昔から黒猫は不吉だと言われているが紅葉は黒猫は好きだ。昔家でもいた。まあ、魔術師の家で動物を買うということは、魔術の実験台として使われるということで、その黒猫も例外なく利用されたわけなのだが、強かな瞳で気まぐれだったあの黒猫は存外に気に入っていた。まったく紅葉には懐かなくて触ろうとすればよく逃げたものだ。ふふ、と思い出して笑った。塀の上に座っている猫の頭を撫でるために手を伸ばしても猫はまったく逃げなかった。どうやら、人慣れしているようだった。
「お前、飼い猫なの?」
 なーう、と一声

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