は冷たくて


 夢を見た気がした。
 紅葉の手がこぼれていく瞬間だった。小さな手が獅子劫の手を振り切って、笑って、走っていってしまう背中。どこへ、何をしに、刀を握って、ただ泣きそうな笑顔で笑った彼女は走り去っていく。追いかけようとしても足が動かない。声を出そうとしても、声は音にならない。
 強く、名前を呼ぼうとして、――目が覚めた。
「大丈夫、界離」
 真上に見える顔は、走り去っていった彼女そのものだった。ただただ柔らかく微笑んで、獅子劫を見下ろし、少しかたい獅子劫の髪を、獅子劫の手を振り払った小さな手で撫でていた。獅子劫の頭はどうやら彼女の膝の上に乗せられているようで高さにしてちょうどいい少しやわらかい枕に感触がある。
 しばし瞬きをする。そして、自分が夢の中にいたことを自覚すると、両目を腕で覆ってしばし黙った。
「夢だよ」
 遅くまで準備なんてしてるから、と少しお小言をこぼす紅葉の顔をまともに見れないまま。
「私は、どこにもいかないよ」
 震えた声。
 ああ、もしかしたら同じ夢でも見ていたのかもしれない。手を探り当てて、強く握りしめると、冷たい。指先まで冷えた手から強い緊張を感じ取る。
「……界離と一緒にいるよ」
 死が二人を分かつまで。
 そんな誓いを神様に立てることはなかったけれど。紅葉は努めて笑った。
(永遠があればいいのに)
 獅子劫を見ながら、この漠然とした幸福が続けばいいなどと願いながら、しかし獅子劫の望みを知っている紅葉はこのままでは獅子劫が命を浪費し続けると知っている。

 何も言わず通り過ぎる夢。
 彼の隣を、ただ、走り抜けた夢。
 その先にあるのが破滅だと、死だと知っている夢。
 なのに振り返りもしない私。隣にありたいと願いながら、彼の手を振りほどいて、刀を握った。きっといつかそんな日が来てしまうのかもしれない。

「界離」
「……ん」
「……やっぱり、なんでもない」

 体を屈めて額をくっつけようとして、サングラスと眼鏡が邪魔だった。獅子劫のサングラスを抜き取ると、柔らかく微笑んだ獅子劫の顔が見えた。ずっと外してたら怖がられないかもよ、と軽口を叩けばうるせ、と笑いながら獅子劫が紅葉の眼鏡を抜き取った。――緑の瞳が黄金へと変わる。
 額を合わせれば、暖かくて心地いい。

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