カルデア・チョコレート・レッスン 前編


 バレンタイン――
 それは乙女の聖典である。
 恋する乙女はチョコレートに気持ちを託して、意中の相手へチョコレートを贈る。
 チョコレートは恋の毒。恋する気持ちを込めた――相手を自分に夢中にさせるための毒である。

 カルデアの恋する乙女たちは今日も悩む。――サーヴァントになろうともこの気持は変わらない。恋に恋ができるのは乙女の特権なのだから。
 そして――ここにも、悩める乙女が一人。


 カルデアの厨房。いつも賑わいを見せているカルデアきっての大設備であるが、バレンタインも近づくこの頃の賑わいはいつもの二倍以上だ、とこの厨房を管理している紅い弓兵がこぼしていたのをモードレッドは思い出す。自分はチョコレートを作って、という趣味はない。今年も自身のマスターに渡し、渡されるのは市販のそれこそ購買で売っているような簡単なチョコレートだし、きっと美味しいコーヒーを淹れてくれるに違いないと思っている――ので、この厨房の賑わいにふと顔を顰めてしまった。
(……この時期はどこも甘い匂いですげぇな)
 厨房へは牛乳を取りに来た。モードレッドのマスターはここにいるサーヴァントの大半のマスターの藤丸立香ではなく、獅子劫紅離だ。立香と同じく――いや、それ以上に魔術師としては完成されているマスターで、モードレッドとは――彼女が覚えていなくとも――幾つもの世界を跨いだ縁で繋がっている。そのマスターの淹れてくれたコーヒーに牛乳を足そうと思ったのだが、ちょうど備え付けの冷蔵庫の中の牛乳は切れていたので、ここまで来た。しかし、まあ、相変わらずながら、と再度顔をしかめる。
「あ、モードレッドさん」
「……あ?」
 話しかけてきたのはエプロンをつけたマシュだった。これ、試食してみてくれませんか、と差し出されたのはチョコレート。せっかくだから、と一つつまみ上げて口に入れる。甘い。やっぱり甘いのだ。しかし嫌いではないので、うまいんじゃねえか、と一言。彼女は顔を明るめて、ありがとうございました、と元気な声で厨房へと戻っていった。はぁ、と一つため息を付いて、モードレッドは牛乳を冷蔵庫から取り出してそして――厨房の端で本とにらめっこしている己のマスター、獅子劫紅離を見つけた。
「……? マスター、何やってんだ?」
 アンタ、ここ立入禁止じゃねえか、とモードレッドは落としそうになった牛乳をなんとか落とさずに空中キャッチして紅離へと話しかけた。彼女――心の性別は限りなく彼に近いが――は話しかけられて漸くモードレッドの存在に気付いたのか、顔を上げた。どうやら紅離が見ていたのはレシピ本のようだ。
「ああ、モードレッド。コーヒーの牛乳か?」
「おう、まあな。……んで? マスターはこんなところで何やってんだ?」
「……ええっと、うん」
 紅離にしては妙に歯切れの悪い口調だった。モードレッドは首を傾げる。
 獅子劫紅離は優秀な魔術師だが非人間だ。――それは性格的な問題ももちろん存在するがそれ以上に本当に人間ではないのだ。形こそ人間ではあるし、人の腹から生まれてきた点においては人間であることに違いはないが――彼女はホムンクルスだ。自分を産み落とした人間のコピー、贋作。真作を上回るために生み出された人造人間――ホムンクルス。
 故に優秀な魔術回路を持ち、魔術刻印を継承し、徹底した魔術教育の元、圧倒的なまでに魔術師として才覚を発揮してきたが――当然のように非人間だ。具体的に言うなら生活能力が限りなく低い。いや、サバイバルなど極限の状態の中で生き延びる能力はあるが、日常生活を営む上で紅理のステータスは二ランクほど下がる。(サーヴァント的に表現するなら)
 特に料理など顕著だ。サバイバルで獲物を捕まえて焼く、煮るなどといった簡単な料理なら失敗しないが、何故かキッチンで卵を混ぜて焼くという簡単な料理ができない。出来上がるのは黒炭とかした残念な卵で一度口にすると、サーヴァントですら一度消えかけるくらいだ。
 食べたモードレッドが断言するのだから間違いない。獅子劫紅離の料理はサーヴァントですら殺す死の料理だ。
 そんな紅離が厨房で、まして料理本を読んでいるなど有り得ない光景だ。そもそも、この厨房を管理している紅い弓兵から紅離は厨房――特にキッチンまわりの出入りを禁止されていたはずなのだが。
「いや……その、チョコ、レートを……作ろう、かな、なんて」
「……は?」
 聞き間違いであると思ったのだ。
 チョコレート?
「…………やっぱり、変、かな」
 どうやら、これは、夢ではないようだ。
 そもそもサーヴァントは夢など見ないはずなので、モードレッドの思いはある意味お門違い、間違いも甚だしいのであるがそんな思考はすでに飛んでしまっている。
 紅離はモードレッドが完全に停止してしまったのを眺めながら、いたたまれないと言わんばかりに視線をそらした。確かに自分自身でも似合わないことを言っているな、という自覚があるのだ。
 でも。
「今年が、最後かなぁ……って」
 ぽつり、と呟いた。モードレッドは目を見開く。サングラスの奥の黄昏色の瞳は珍しく女性のように揺らいでいて、言うべき言葉を見失った。手持ち無沙汰にチョコレート菓子のレシピが並ぶ本をめくりながら、紅離が所在なさげに困った笑顔を浮かべた。
「ま、まあ……俺が今から練習しても、もしかしたら間に合わないかもしれないんだけどな」
 元々料理できないし、ともごもご口の中で言葉を転がす。
「誰にだ?」
 モードレッドはきっぱりと聞いた。これだけははっきりとさせておきたい。別に自分じゃなくてもいいが、自分が最も信頼し、背中を預けてきたマスターの想い人が誰かくらい知っておきたいではないか。え、と紅離が顔を再びあげて、しばし沈黙し視線を彷徨わせた。いいづらいのだろう。それはいいづらいだろう、普通こんなことを真正面きって聞いてくる人はなかなかいない。
「……えっと…………」
「オレじゃねえだろう? それくらいはわかってるぜ」
「う…………」
「ああ、もう!! 歯切れが悪ぃな!!」
 モードレッドはしびれを切らした。――おおよそ渡したい人物くらいは分かっているつもりなのだ。
「あの!! 土方の野郎に渡すんだろう!?」
「…………ああ、うん」
 頭を降って、紅離は頷いた。顔が赤くなったりはしていない。いつもどおりの紅離のまま、彼女は沈痛そうな表情を浮かべて、レシピ本をめくる手をそっと放した。
「…………おかしいよな、俺が」
「別におかしかねぇだろ。――お前の"両親"だってそうしてただろう?」
 モードレッドがそういうと紅離ははと目を見開いた。
「お前の母親ならこういうんじゃねえのか? ――言葉にできないなら、何かに思いを込めて渡せばいい、って」
 腰に手を当ててモードレッドは紅離を見下ろした。自信なさげな子供の目をした大きな子どもの額を小突く。
「しっかたねぇなぁ……オレも協力してやるよ」
「え?」
「……まあ、オレも料理なんてできねぇから、食べてやることしかできねぇけど」
 モードレッドは少なからずこのマスターが嫌いではない。むしろ好ましく思ってきた。笑顔を絶やさず、自分の強い感情を感じないまま生きてきた彼女はある意味モードレッドと同じで、モードレッドと正反対だ。強い激情の中で生きて戦ってきたモードレッドと強い感情を全て押し込んだゆえに人を強く思うことを知らないまま成長してしまった紅離。哀れんでいるつもりはない。だが、今、こうして誰かに"恋"をして、強い感情を得て、戸惑ってしまっている彼女を放って置けるほどモードレッドは冷たい人間ではなかったのだ。
 それに。
 約束したのだ、勝手に。――紅離を見守ってやる、と。

 こうして、モードレッドと紅離のチョコレート大作戦が幕を開けた。



* * *



「呵々、マスターが料理か」
「……似合わないことは十分承知です、先生」
「しかし、儂がここに呼ばれて何事かと思えば――」

「お前ら!!! のんびり話してないで手伝えよ!!!」

 モードレッドの絶叫がカルデアのキッチンに響き渡った。

 紅離に料理を教えることになったは紅い弓兵ことエミヤである。彼は最後まで紅離がキッチンで料理をすることに難色を示したが珍しく謙虚な姿にいたたまれなくなったのだろう、できる範囲で教えると約束してくれたのだ。
 難しいチョコレートはやめたまえ、というエミヤの意見ももっとも。そもそも、紅離に複雑な料理などできるはずもないので、紅離が作ろうと選択したのは一番簡単な生チョコだった。それなら、とエミヤの合意も得て、生クリームと牛乳、チョコレートを用意して、温めた生クリームの中にチョコレートを入れて混ぜ始めた時に事件が発生した。

 ――エマージェンシー!! エマージェンシー!!

 キッチンから発生した毒煙と未知の生物にキッチン中が騒然とした。管制室で試作だというチョコレートを口にしていたダ・ヴィンチですら、何事かとモニタリングを再開した。平和だったカルデアに突然現れた未知の生物はキッチンからだ、とわかるとダ・ヴィンチは面白い何かを発見した、と言わんばかりに管制室から飛び出していった。

「くっそ!! まじかよ!!」
「手を止めるな、モードレッド!! ――食われるぞ!」
「チョコレートは食べるもんだろうが!! つーか、マスター! 煙は絶対に吸うなよ!? なんだ、これ!」

 エミヤが弓を構え、モードレッドが剣を構える。紅離が味見役にと、呼んだ李書文はこの状況は何事かと整理する前に槍を持ってくるんだった、と思った。徒手空拳でも戦えることに感謝して目の前の、チョコレートであったはずの生物を殴り飛ばした。辺りに広がる紫色の煙を紅離が吸わないように、と書文が紅離を比較的安全な地帯へ誘導すると、カルデアの基礎システムが作動して換気扇が毒煙を外へと排出する。
 煙がなくなって、モードレッドは目の前にいる生き物が何か把握した。これは――うごめく触手のような体に棘が無数に生えている気持ち悪い生物だ。作り出したであろう紅離ですら、うげえ、と声を出しているのがわかった。
「頼むからマスター……食べられるモンを作ってくれ!!!!」
 モードレッドは叫びながら、クラレントを振るう。まさか、こんなことになるなんて――しかし、これはまだまだ始まりにしか過ぎなかったのだ。

 モードレッドとエミヤ、李書文の手によってチョコレートであった生物たちは一掃される。どうやら、やはりチョコレートであることには変わりないようで斬り伏せたそれらは瞬く間に溶解してキッチン周囲を汚す。剣についたそれを指ですくって口に入れると――
「ぐはぁっ!!!!???」
 一瞬、視えては行けないものが見えた。――具体的に言うなら、モルガン。モードレッドの母親が笑顔で手招きしていた。絶対に行くものか、とモードレッドが必死でこらえて意識を取り戻すと、紅離が驚いた顔をしてこちらを見ているのが分かる。一瞬、本当に一瞬の出来事だったが二度と見たくない光景だった。
「…………どうだった……?」
 聞くまでもない、とエミヤがモードレッドを見ている。答えるまでもない。モードレッドはしかして、口にだすのは憚れてそっと首を横に降った。いや、言葉に本当にできない。あれは何だったんだ。
「サーヴァントですら苦しめる劇薬と化したか……!」
「え、俺のチョコ、いつの間にそんな恐ろしいモノになったの? 生クリームを温めてチョコレート入れただけだったのに!?」
 そう。
 たった、二工程だ。温めて、チョコレートを入れただけ。
「たった二工程の魔術で魔物を召喚するとはな」
 書文が楽しげに呵々と笑う――が、笑い事ではない。これは召喚されたのものか、それとも紅離が作り出してしまったのかはさておき、これから先紅離がチョコレートを作れば作るだけこの生物と毒煙が量産される可能性があるということだ。
 エミヤは閉口した。
 モードレッドは目を閉じた。
 ただ、書文だけが呵々と笑っている。
「……なんか、ごめん」
 紅離の申し訳無さそうな声が静かになったキッチンに響き渡り――そして、ドアは開け放たれた。
「これはどういう状況ですか!?」
 武装したマシュとそのマスター、藤丸立香、そして管制室から面白そうな臭いを嗅ぎつけてやってきたダ・ヴィンチである。さて、どう説明したものかと紅離が悩んでいると先程まで笑って楽しんでいた書文が事のいきさつを三人に伝えるのだった。まあ、ざっくりと噛み砕いた説明なのだが。
 全ての説明を聞いて、マシュと藤丸はぽかんと顔を見合わせる。しばし間を置いてふむふむとつぶやいたのはダ・ヴィンチだった。
「なるほどねぇ……紅離ちゃんは呪われてるのかな?」
「……さ、さあ?」
 流石に紅離も首を傾げる。呪われているのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。正直何で、生クリームを温めてチョコレートを入れただけでこんな生物が生み出されたのか皆目検討もつかないのだ。
「とりあえず、私は紅離ちゃんが混ぜたっていうチョコレートを少しわけてもらってもいいかい?」
「……食ったらサーヴァントも死ぬぞ」
 モードレッドは先程の激痛を思い出して――顔を青ざめさせた。あれは二度と経験したくないが……協力すると言った手前、これから先紅離の作ったチョコレートを口にするのは自分になるだろう。李書文は先程から気配が消えているのでスキルの圏境を使って逃げ出したらしい。そんなことに奥義を使っていいと思ってんのか、あいつ、と心のなかで悪態を尽きながら、モードレッドははぁ、とため息を吐き出す。
「いや、何、私がそれを持っていくのは成分を調べるのさ。もしかしたら、紅離ちゃんが無意識に魔術を使ってる可能性もあるだろう?」
「……そんな器用なマネ、できたかな、俺」
 少なからず魔術を使うためには魔術回路を起動させなくてはならないからそんな無意識に魔術を使うなんてことはできなかったはずだが、と思いつつ紅離はモードレッドたちが倒したチョコレートモンスター(とモードレッドが命名した。略称はチョコモンである)の残骸をダ・ヴィンチから渡されたケースへと入れて渡した。
 任せてくれ給えよ、と良い笑顔で工房へと戻っていたダ・ヴィンチを見送って、紅離はマシュと藤丸へと視線を送る。二人は未だ呆然としたまま帰ってきていないからだ。
「なんだか、悪いな。……みっともないところ見せちゃって」
「い、いえ! しかし、作る度にこれでは……」
「戦闘ばっかりになっちゃうね」
 藤丸の言葉は最もだ。生きて動いて、しかも攻撃してくるとなれば迎え撃たねばならない。紅離もその都度戦闘をサーヴァントに委ねるのは些か心苦しいので、武器を支度しようと心に決めた。それか――

「……やめたほうがいいのかな」

 誰にも聞こえないように。ポツリと。
 これはもしかしたら罰かもしれない、と。
 たかだかホムンクルス風情が普通の人間のように、戦うためだけの人形が当たり前のように恋をしてその思いを伝えようとするなんて――それこそが行けなかったのかもしれない。もし、呪われているとするならそういうことだ。
「まあ、戦って勝ちゃいいんだよ。そしたら、動きが止まって、一応は食える」
「……君はそれで今、死にかけたのではないか?」
「直虎のところいって"死霊魔術"の礼装借りてくる」
 モードレッドはそう言ってスタスタと食堂から出ていこうとして、ふと足を止めた。
「いいか、オレが戻ってくるまで作るなよ! オレがいなくちゃ、誰も食わねーだろ、それ」
 だから――諦めんな。
 そう言われたような気がした。口には出ていないので、紅離の勝手な解釈だが、急ぎ足で食堂から出ていったモードレッドはまた作れと言ったのだ。少しだけ救われた気分になって、紅離は顔を上げた。
「モードレッドが帰ってくるまでに、ここ、片付けますか」
 そう言って厨房の掃除用具入れからモップを取り出す。するとマシュと藤丸も手伝う、と言ってくれたのでありがたくモップを手渡した。やれやれ、と肩を竦めて頭を降っていたエミヤだったが、最後まで付き合おうと肩を叩く。ありがとう、とそれぞれに言って、紅離はモードレッドが厨房に戻ってくるまでの間、掃除に精を出すのだった。


 ――そこからは筆舌に尽くしがたい、壮絶な戦いが繰り広げられた。


 タコの足が無数に出ているような所謂海魔というレベルならまだ優しい方だった。書文が片っ端から槍で串刺しにして倒し、そのチョコレートをモードレッドが食べて――二度ほど彼女は消滅しかけたのだが、その都度、死霊魔術による戦闘続行が起動し、なんとかその姿かたちをとどめた。ダメージは少なくなかったが。
 次に出てきたのは魔猪である。これはもう、質量保存の法則はどこへ消え失せたと言わんばかりの大きさだった。砕いたチョコレートは確かに板チョコ一枚分だったはずなのだが、その大きさは遥かに凌駕し、キッチンで戦うには手狭になり無理やりシミュレーションルームへと転送して、そこで倒した。倒したときの充実感といったら――つい藤丸が素材を剥ぎ取ろうとして、いや、実際に呪獣胆石が取れてしまったのだから、全員が騒然とした。何故、取れたのかはこの際考えないことにした。何も、彼らは見ていない。
 ――極めつけは、魔神柱もどきだ。
 これはもう手には負えないというか、何でこんなものが生成されてしまったのかそれこそ呪われてるんじゃないかと散々議論した。これはなんとか倒して、最終的にはメディア・リリィへ速やかに引き渡した。さすがにモードレッドも味見をする気にはなれなかった。

 壮絶な戦いを繰り返すこと――一週間。
「で、できたっ!!」
 紅離の喜びの声と共に、モードレッドははぁ、と深くため息を付いて食堂の椅子へと座り込んだ。紅離の手には冷えたチョコレート。パッドの中に入れられたそれをエミヤが綺麗に切り分けて、小皿へと取り分ける。紅離はそれをまるでおやつを待ちわびる子供のように眺めていて、さあ、運んでくれ、とお盆を渡されると今にも小躍りを始めそうだった。
「みて、モードレッド! できた!」
「おー……よかったな、マスター」
 疲れた。心の底から。
 しかしてまだモードレッドの役割は終わっていない。ここからチョコレートの味見をするという役割が残っている。だが、これまでの劇薬にも等しいチョコレートを散々食べ続けてきたモードレッドの舌はいくら英霊とは言え麻痺しそうだった。正直何度も毒やスタンにかかるということもあったのだ――何だったんだ、あの劇薬チョコレートは……と思い返して、マシュと藤丸が、パラケルススがカエサルと組んであれを対サーヴァント用の毒物として売り出すと言っていたという話を耳にした。紅離には黙っておこう、と決めた。
 ひょいと、漸くまともなチョコレートの形になった生チョコを口に入れる。そして、沈黙。
 え、まさか、と紅離がどこか不安そうにモードレッドをみやる。まさか、形だけだろうか、このチョコレートは。
「……うん、食える」
「食える!?」
「……いやー……食えるわ」
 モードレッドが感激したように頷く。そして、もう一つ食べて――食える。と再度つぶやいた。それを見ていた書文もどれ、と皿からチョコレートを一つ摘んで食べて――うむ、食べれるな、と頷いた。
「味の感想は?」
「……マスター、お前、これ、チョコレートを溶かして固め直しただけだろ?」
 そのとおりだ。モードレッドの言うとおりだった。紅離はいたたまれなくなり、うぐ、と口を噤む。生クリームを溶かして固めただけの一番簡単なチョコなのでたしかに味に関してはうん、ほぼチョコレートのままだ。生クリームが入っている分些か甘く仕上がっているだろうか。
「まだバレンタインまでは時間がある。ここまでできれば他のチョコレートもできるはずだ」
「エミヤ……」
「幸いにして、レシピはある。紅離、ここまで来たら、極めるべきだ」

「もしかしてエミヤって懲り症……?」
「もしかしなくても、そうですね……なんだか、あそこだけ熱血ですね」
 エミヤと紅離は手を取り合った。決して二人の間には契約などは存在しないが、しかし、確かな絆がそこに芽生えていた。ゲームシステムに言うなら絆レベルがぐんぐんと上がっていったのだろう、チョコモンとの壮絶な戦いの間に。

 エミヤの熱血指導は続く。
 紅離が美味しいチョコレートを作れるようになるまで。


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