とにもかくにもしき残像


 暗い、路地裏でくす、と雑踏に紛れるほどの小さな声で、アスナが口元に笑みを浮かべると、自分より少しばかり背の高いラビをじと見つめた。自分の足と足の間には、ラビの足が入っており、閉じさせないようにされてしまっているが、さして、動揺することもなく、アスナはラビを見つめていると、余裕のないラビの翡翠の瞳が、色に揺らいでいる。
「アスナ……」
「ラビ、任務中だぞ?」
 首を撫でてくるラビの手を拒まずに、アスナはふっと笑った。ラビの色に強請られる様に、アスナの中で欲が芽生えてくるのがわかっていた。ああ、吸いたい。血が飲みたい。性欲よりも勝る、Arkとしての生存欲求に打ち負けることなく、アスナは笑った。
「アスナが悪いさ」
「あはは、フェロモンが出たままになるのは、おなかがすいてるからだよ」
 ああ、うまく、言葉が回らなくなってきた。
欲に勝ることになく、ああ、お腹がすいた。目の前にいる、その男が自分を犯すことにも、何一つ躊躇いなどなかった。




「んっ、はぁ……あ、」
 造りの細かい、団服をはだけると、アスナの白い肌を彩る文様が目に入った。上級種のArkになればなるほど、この刻印は美しい細工になっていくのだという。アスナの全身を彩る、棘と薔薇の文様には剣を模した十字架が飾られている。花が咲いた心臓に口づけると、ふるり、とアスナが震えた。
「アスナ、吸いたい?」
「いいのか?」
「吸ってくれた方が、互いに気持ちいいさ」
 ラビも団服の前をはだける。いくら人気がないとはいえ、ここは外で路地裏だというのに。ラビから、薫る、甘い芳香。番からのみ、発せられるその香りにアスナは誘われる。番は運命の象徴。自分の半身。求めるのは、番のみだ。
 アスナはラビに腕を伸ばすと、首筋に噛み付いた。白い牙が、ぷつり、と肌を突き破ると、アスナの口の中に、甘い血の味が広がった。人間はこの味を、鉄くさいといっていたなぁ、とぼんやりと考えながら、ごく、と喉を鳴らして、ラビの血を貪った。しかし、殺してしまわないように、血を飲む。
 血を吸われる、虚脱感と、快楽が一気に押し寄せてくるこの感覚を、ラビは嫌いではなかった。自分の血が、アスナにとっての力となり、活力となり、彼女の中で確かに自分が息づいている感覚。言いもしえぬ、優越感でラビを満たし、そしてより、快楽を求める心へと変えていく。
「……っは」
「アスナ、もう、濡れてるさ」
「あっ、……ん、あ、きもちい………っ」
 ラビの指が、アスナの中へ入ってくる。指をすんなりと受け入れることのできる体のつくりは人間とは違い、繁殖力の低いArkにとって、次世代を遺すための性行為がいかに大切か、と思い知らされる。ラビは、指を折りまげて、アスナの膣壁をなぞる。アスナが快楽に歪む、苦悶の表情を浮かべて、足を閉じようとするもすでにラビの足が入っているせいで閉じられず、アスナはもどかしさを解消できず、ラビの指を受け入れていた。
「あっ、ら、び…っんっ」
「…っ、アスナ、挿入れたい」
「あは……相変わらず、堪え性のない、んぁっ」
「アスナが血を吸うときに、フェロモン打ち込まなかったら、こうならないさ」
痛 み緩和のために、あえて性欲、快楽を煽るフェロモンを打ち込むのがArkだった。それは、血の欲求が性欲と密接につながっているからだとか、子孫を効率的に残すための手段だと、言っていた。それほど、Arkは強い上位種になればなるほど、繁殖力は下がる。特に、アスナは人間とのハーフということもあってか、繁殖力はArkの中でも最低らしい。
「……っ、あ、っ」
 ラビ自身を中に押し込むと、アスナは声をこらえて、喉を仰け反った。奥まで入って、一度動きを止めると、ラビはアスナの首筋に噛み付いた。
「ああっ、んっあ、らびっ」
 ぎり、と歯を立てると、アスナの膣が締まる。Arkにとっては、これが最大の愛情表現なんだそうだ。互いの血を吸い合う行為こそ、愛を示す、求愛行動の一つ。ラビは血を吸うことこそできないが、こうして、歯を立てることくらいはできる。ただの真似事だ。そのまま律動を始めると、アスナがラビに凭れ掛かり、ラビはアスナの足を持ち上げて、奥へ奥へと、アスナをつきあげた。
「あっ、ああっ、らび、ラビっくっ…っ」
 たぷたぷと揺れる胸に、かじりついて頂を舌で押しつぶす。びくびくと、震え、膣の中も痙攣している。それも気にせず、がつがつとつきあげれば、アスナはあっけなく達してしまった。声を上げないようにと、ラビの服を咥えて、涙目でラビを見上げていた。足はすでに震えて、がくがくと、今にも崩れ落ちそうだった。
「あ、ら、び……っ、なか、中に、」
「ん、わかってるさ。でも、赤ちゃん、できちゃうさ」
「かまわないっ、あっ、俺は、簡単には、できない、からなっああん」
 数度律動を繰り返せば、ラビもあっという間に限界がやってくる。強請るアスナにキスをして、ラビは、中には欲を吐き出した。あつい、と、アスナが呟いたのが聞こえた。




「さて、そろそろ任務に戻るか」
「……しれっと、元通りになるのがすげぇさ」
「切り替えの早さが、Arkのいいところでね。満たされると、それ以上はいらないのだよ」
 アスナは髪をなびかせて、少し暗くなり始めた空を見上げた。くす、と笑いながら、懐から煙管を取り出すと、火をつけた。煙を吸い込んで吐き出すと、空にゆるく上がっていく。

「近いな」

 アスナの声は、現れたアクマの砲弾の音でかき消された。


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