溶ける砂糖のような蜜月


 指先に触れる唇の感触にアスナはびくりと肩を震わせた。夜の帳はとうに降りており、周囲にはすでに簡易照明のみとなっているせいか部屋全体は濃紺と明かりの周囲だけが薄いオレンジ色に照らされていてそのコントラストがたまらなく扇情的だった。もしも、アスナの目が常人並に働いていたのならば薄いオレンジ色の明かりに照らされるブロンドの髪に白い肌はさぞや美しい彫像に見えたことだろうな、とふと考えると目の前にいたシュナイゼルがくすり、と笑ってアスナの――手袋の外された白い指を一本、これ見よがしに舌で包み込んで唇で挟む。吸い付く音が妙に耳についたのは、主人とその恋人の睦言を邪魔しない離宮の人間たちのおかげか、周囲がひどく静かで澄んだ空気だからだろう。雰囲気作りにと焚かれた柔らかな花の精油の香りが余計にアスナの羞恥を煽ったのか、うすらと頬を赤くしてシュナイゼルを見つめていた。
「――考え事かな?」
 指で遊んでいたシュナイゼルの視線がアスナの目へと。楽しそうに笑いながら手から腕、肘、肩、首をたどっていく唇にアスナは反射的に目を閉じて身をよじろうとするが本気の抵抗にはならないせいかシュナイゼルにあっさりと抑えられベッドへと沈む。ふかふかとしたベッドに敷かれたシーツからは清潔な洗剤の香りに混じって、イランイランの精油の香りがする。昔から女性の魅力を高める花として、イランイランは夜をともにする男女の褥に香油や花そのものが置かれていたという。――官能的な背徳感を高める、というのはまさしくそのとおりだ、とシュナイゼルのキスを受けながらアスナはうっすらと目を開けてみる。眼の前にいるのは、穏やかな第二皇子ではない。そのすみれ色の瞳に確かに情欲の色を映した――一人の男がいる。
 白いシルクのネグリジェの裾にレースがあしらわれオフショルダーのそれはアスナの肩から上をたっぷりとシュナイゼルに見せつけていた。夜を誘うような透けるレースではなく、少し厚手の光沢のあるそれの裾からシュナイゼルはそっと手を差し込んだ。日頃は黒を身にまとうことの多いアスナはシュナイゼルの前でだけ、白を纏う。白はシュナイゼルが纏うことの多い色だ、そして――
(花嫁の色。貴方の色に染まりたい、という純潔の白、だったかな)
 胸元にキスを落とすと、あ、と短くアスナの唇から吐息が溢れる。指を口元を抑えるように添えるのがシュナイゼルの視界の端で見えた。ああ、いけない子だ、と手首に手を添えてゆっくりと取り去らう。差し込んだ手をゆったりと持ち上げてネグリジェを離すようにアスナの肢体を自分の前に晒した。おそらく、これを見れるのは自分だけなのだろう、とシュナイゼルは密かに優越に浸る。白いシルクの内側には淡いすみれ色の下着が見えた。まくりあげられる事に恥ずかしさを感じたのか、アスナが顔をそむけて手はシーツを掴んだ。
「ふふ……」
「……何がおかしいのです、殿下」
「ああ、すまない。機嫌を損ねてしまったかな」
 許しておくれ、とシュナイゼルは恨めしそうに自分を見上げてくるアスナの額と瞼にキスを落とす。そのままネグリジェを脱がせるためアスナに腕を上げさせた。上等なシルクのそれをするするとアスナの腕から抜けて、少々それには見合わない粗雑な扱いのままベッドの下へと落とされた。
「あまりもアスナがかわいくてね」
 アスナの上にまたがったシュナイゼルの手がそっと首筋から鎖骨にかけてなぞった。触れるか触れないか、ギリギリのところをシュナイゼルの指がなぞるといいしれぬ官能がアスナの体にびりり、と走る。心地よい、しかし物足りない。シュナイゼルの指はそれを知っているかのように、アスナの肌を意地悪くなぞった。胸の谷間をつたい、腹をゆったりとした動作でなぞってゆく。それに合わせるようにアスナの体が持ち上がっていくのは官能から逃げるためか、それとももっととねだっているのか――シュナイゼルは敢えてそれは考えないようにすると、腹を通り過ぎた辺りで指をそっと持ち上げる。まだ、その先は早い。
「……戯れも……ほどほどになさって、ください」
 

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