きっと最期は微睡みの中で
緩やかな時間だと思う。
死を見つめてきた。死の中で生きてきた。だからだろうか、すでに体の痛みは感じず、苦しかったはずの毒に犯されていた体はどこまでも澄み切っているような気分だった。――そう、獅子劫界離はこの聖杯大戦を終えようとしていた。モードレッドにまだ望みは在ることを告げたが、彼女は首を横に振った。そして、獅子劫の元に一人の少女を連れてきた。いや、あれは少女ではない。
「……紅葉」
死にかけの獅子劫の体にそっと寄り添うように座らされたのはもうすでに事切れている妻、紅葉だった。最期まで戦っていたのだろう彼女の体はある意味獅子劫よりもボロボロで、血は乾き、美しかった白い肌にはもう血の気はない。元々冷たい体はすでに氷のように冷たかった――が、獅子劫はそれを感じ取るほど体の感覚は残っておらず、ただぼんやりとした視界に映った夕日のような橙色の髪で、自分の手元に戻ってきたものが紅葉だと悟った。
「悪ぃ……な、最期まで」
――付き合わせた。
ずっと、ずっとだ。結婚してから、自分の都合ばかりで彼女を振り回して、そして――死なせた。長く生きられない体だったとしても、せめて平穏に置いておくことだってできたはずだったのに。戦場を連れ回し、彼女を最期まで戦わせた。
(痛かったか……? 苦しかったか……?)
その問いに答える声はない。
きっと、彼女のことだ笑って言ってくれるだろう。――貴方のためなら、なんともないわ、と。最期まで良い夫にはなれなかったな、と自嘲しながら獅子劫はそっと紅葉に自分の頬を寄せた。モードレッドはそんな二人を見ながら、そっと近づいて膝をついた。二人の手を取ると、そっと指を絡ませて握らせる。
「……これで、ずっと一緒だろ」
一緒にいることを望んだのだから、せめて最期まで。モードレッドは柔らかく微笑み、そして、光の粒となって消えた。
――界離。
獅子劫を呼ぶ声が聞こえて、獅子劫は目を開けた。暗い世界はそこにはなく、綺麗な青空の下、たくさんの花が咲いていた。ああ、夢か――それとも死後の世界か。まさか、天国に来るなんて聞いてないぞ、行くなら地獄じゃないのかなどいろいろ考えが浮かんで、消えた。
「界離!」
自分を呼ぶ、その柔らかな、声に獅子劫は思わず目の奥が熱くなった気がした。ああ、思ったよりも早い再会ができた。早く、と自分を呼ぶその声に慌てるなよ、と花畑に向かって一歩踏み出した。その先で笑っていたのは――紅葉だった。
「思ったより早くてびっくりしちゃった」
「悪いな。――聖杯は取れなかった」
「ううん、いいの。界離は頑張ったもの」
指を絡ませて、手を握る。
「……界離、泣いてる?」
「泣いてねえよ」
獅子劫は紅葉の頭を小突く。その小さな手からわずかにぬくもりを感じる。死んでるっていうのに、リアルなものだ。
「ねぇ、界離」
「うん?」
一歩、一歩踏み出していく。紅葉を置いていかないように、足取りに注意しながら。紅葉はまるで踊るように軽やかに時折獅子劫よりも半歩前に出て進む。
「これからも一緒にいてもいい?」
そういった紅葉は少しだけ泣きそうな顔をしていた。
「当たり前だろ」
お前以外、俺についてくるやつなんていないさ。