些細なわがままですら愛おしいと


 福富から見て、紅葉と言う存在はあまり自己主張しないように見えてならなかった。いや、主張はする。あくまでも全体の流れを見て、こうすべきであるという意見としての主張は常にしているし、正しいことも多いから、周りは紅葉の意見に対して寛大に取り扱っていると思う。
 しかし、何というか、それあくまでも意見であって、うまく筆舌にしがたいのだが、「我儘」そう。的確に表すのなら、我儘が限りなく少ない性格に見える。こうしたい、ああしたいという欲求が少ないのは、自由奔放に物事を進める双子の姉がいるからなのか、それとも元々我慢が板についているのか、なのかは福富には判断し難い事であったが、少しばかり恋人、彼氏としてはその我儘の少なさに寂しさを感じるのだ。
 そのことを同学年のあの3人に相談してみれば、我儘を引き出すのは彼氏の器量だ、と言葉こそ違えど、結果的にこういう事だろうと福富が結論付けられる事をはっきりと言われた。確かにその通りかもしれないな、と思うのだが果たしてどうしたらいいものか、と本日も寮の部屋のベッドの上で雑誌を広げて寛いでいる紅葉を見ながら思うのだった。
 今日は幾分か機嫌のよい紅葉は鼻歌交じりに、ベッドに寝転がりながら足をぱたぱたと動かし、楽しそうな様子で雑誌を見ている。といっても女の子らしいファッション雑誌ではなく、観光ガイドの様な物だ。元々京都出身の紅葉はこうして、箱根には何があるのか、何が新しくできたのか、定期的にチェックしている様子だった。
 そのベッドの下で、福富は自転車関連の雑誌を読みながら、ふとその表情を伺った。先ほどから雑誌をめくる音がしなくなったな、と思えばじぃーと一つのページを眺めているではないか。ふと、体を持ち上げて伺ってみれば、新しくできたカフェの目玉商品らしいパフェが大きく写真に撮られ、特集が組まれている。熱い視線でそれを見つめる紅葉は何か悩んでいる様子だった。
「……食べたいのか?」
 そう声を掛けると、びくと紅葉の方が震えた。白玉抹茶パフェと銘打たれたそれから視線をそらして、福富へその緑の目を向ける。少し困ったように視線をそらしながら、果たして言っていい物かと逡巡している紅葉をじっと見つめ続けると、降参です、と言わんばかりに小さい声で話し始めた。
「た、食べたい、です……」
 尻すぼみだし、顔も紅い。別に福富は紅葉がこういった抹茶のデザートが好きなことはよくわかっているし、意外と甘い物やかわいい物が好きなのも知っている。いまさら何を照れる事が、と思うが目の前にいる照れている紅葉がかわいいので、それはそれで良しとしよう。
 紅葉の頭をなでると、子ども扱いしないで、と少し怒ったように頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。福富もベッドに腰掛けて、その雑誌を見てみると意外と近い所にカフェはあるらしい。休日は込むかもしれないが、少し足を運んでみてもいいかもしれない。そのカフェのメニュー一覧にアップルパイがあったとか、そういうわけではない。断じて。
「行ってみるか?」
 福富がそういうと、えっ、と紅葉が目を見開いて顔を上げた。驚きと期待と、何やらいろいろな感情が混じって見えるその瞳。
「い、いいの……?」
「ああ、ちょうど次の休日は、部活も休みだろう。たまにはお前と出かけるのもありだと思うからな。お前が嫌でなければ、一緒に行こう」
 そう伝えると、紅葉の表情が見るからに明るくなっていく。嬉しさに顔がゆるむのを必死に我慢して、いつもの無表情を作ろうとしているのが分かりやすいくらいに分かる。その頭をなでると、両頬を抑えてそっぽを向かれてしまった。他に行きたいところはあるか?と聞けば、あ、あと、ここも行ってみたい!とぱらぱらと雑誌をめくって、紅葉が一つの雑貨屋を指さす。
 あとね、あとね、と楽しそうに話す紅葉を見ているのはとてつもなく心地よかった。いつもこれくらい、こうしたいと主張してくれたらありがたいのだが、と思いつつも紅葉との休日のデートプランについて考えを馳せるのだった。

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