ガラスの靴なんて似合わない


 シュナイゼルはアスナを着飾るのが好きだった。
 当然、日頃の黒い騎士服も好きだ。あれにはアスナの騎士としての誇りが詰まっていて、文句なしで、彼女に映える服だった。――だが、見ていていい気分になるものではなかった。アレは、アスナがシュナイゼルの父、シャルルへ忠誠を誓うための服だ。自分のための服ではない。黒いケープの舞う独特な形状のリバリーズはアスナのお気に入りで、後ろから見るとイブニングドレスにも匹敵するような大きなフィッシュテールのトレークはアスナが歩く度に揺れて可愛らしさすら印象づけて――アスナといえば、あの騎士服なのは国民ならば誰でも知っていることだった。
 アレは好きだ。だが、自分のための服ではない。ならば――自分のための服を着せればいい。
 黒しか着ないのは予めわかっていることなので、黒を中心に色々贈った。アスナは目が見えないから、軽く手触りだけを見て、後は使用人に色を確認する。形などもその時に聞いているのを眺めて、シュナイゼルは少し楽しげに口角を持ち上げた。
「……まったく、このようなもの贈られても困りますと、あれほど」
 殿下が騎士一人に肩入れするなど、あってはなりませんよ。
 アスナはドレスを体に押し当てて見ながら、どうです?と回ってみせた。口では色々いうが、シュナイゼルの贈ったものは全て大切に保管しているのだと、先程伝えた使用人はすでにアスナによって下げられてしまっているので、部屋の中には二人きりだった。
「うん、とても良く似合う。素敵だよ、アスナ」
 シュナイゼルにそう言われて、アスナは少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに微笑んでいる。褒められて嬉しくないはずがなかった。とても幸せだ。ただ、シュナイゼルの温かい視線を感じるのがとてもくすぐったくて、なんてことのないような顔をして、ありがとうございます、と返答した。
「是非、次のパーティーで見せておくれ」
「……機会がございましたら」
「それか、今、着てくれていいよ?」
 え、とアスナは目を食らったように止まってしまった。シュナイゼルはアルカイックスマイルを浮かべており、その考えていることは読めない。今、着せるつもりか、とアスナが困惑している間にシュナイゼルに呼ばれた侍女たちによってあれよこれよのうちに連れ去られてしまった挙げ句にあっという間に着替えさせられてしまった。しまった、これではあの人の思う壺だ。
 ドレスのみならず、靴も、アクセサリーもシュナイゼルから贈られたものばかり。アスナは見ることもできないが、おそらくは自分に似合うようにと設えてくれたのだろう。靴はお待ち下さい、と侍女に声をかけられて、アスナは困惑したように、裸足のまま足置きに足をおいていた。するど、ドアが開く音が聞こえてきて、聞き慣れた足音。
「ぜひ、これをつけてほしくてね。どうだろう」
「……?」
 靴の素材にしては随分と硬質でひんやりとする。アスナは、はっと目を見開く。
「ガラス!?」
「ああ、すごいね、よくわかったね」
 シュナイゼルがからからと笑う。おとぎ話はシンデレラで有名なガラスの靴だ。アスナは驚いた顔をシュナイゼルと自分の足元へ向けて行き来させている。ガラスの靴は確かに、人が履けるようなものも今はあるのは知っていたが、まさか現物を個々で見ることになるとは思わなかった。意外と違和感がなく、このまま歩いても支障がなさそうだとアスナは靴のは着心地を確かめながら、唸った。
 アスナには見えていないが、実はこのガラスの靴には美しい模様が刻まれており、靴の先には輝くダイヤがついている。美しい純白の如き透明なガラスの靴はよくアスナに似合っていたし、ドレスも美しい白いものを選んで着せている。レースのショールを肩から下げたアスナの姿はパッと見花嫁のように見えて、侍女たちはほうと息を吐き出す。
「……殿下?」
 シュナイゼルが何も言わないことに不安を感じたのか、アスナは首を傾げた。
「ああ、いや。美しいよ、アスナ、本当に」
 シュナイゼルはそういって、アスナの手の甲にキスすると、そのままアスナを立ち上がらせた。そして、手を取るとまるでワルツでも踊るようにアスナと共にくるりと回った。ドレスのトレーンが美しい円形を描き、シュナイゼルの燕尾も美しく跳ね上がる。わっ、と驚いた声が上がるが、それがワルツと一緒だとわかると、アスナは落ち着いてステップを踏んでシュナイゼルに合わせてみせた。うん、やっぱり、ぴたりとあっているがガラスはガラスだ、長時間はいたら足が痛くなりそうだ。
(シンデレラは良く、履いていられたなぁ)
 アスナは感心したようにしながらも、シュナイゼルに合わせて踊った。
「パーティーでなくてもよろしかったのですか?」
「もちろん、パーティーがいいけれど。私だけの、君だから」
 今の君は、私だけの人。
 父上の騎士でもなく、大公爵でもなく、シュヘンベルク家の長子でもなく、ただのアスナ。私だけのアスナ。

 愛おしく、抱きしめた。

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