肝試しニック!


「肝試し?」
「うん、やろうさーアスナ」
「やらない。というか許可するわけがない」
「ええええええ」

 即刻却下であったが、そこはラビ、食い下がる。
「何でダメなんさ?」
「忙しいからに決まってるからだろう。何が心霊現象だ、どうせ、科学班の妖しい実験だろうよ」
 アスナはどうでもよさげに書類をめくる。煙管から煙が立ち上っているのが見える。しかし、その表情はどうでもよさげではあるものの、焦りが滲んでいるように見える。
「……アスナ、もしかして、怖いんさ?」
「あ゛?」
 アスナの凄みだ、一瞬で殺気が建物内を駆け抜けていくような感覚がしたが、ラビはこの反応を図星と取った。もしも、アスナが本気でどうでもいいのなら、そもそもこの話は続けようとしないし、一番最初の理論は持ち出してこないはずだからだ。
「……アスナ、もしかして」
「怖いわけないだろう!貴様は何言ってるんだ!!」
「いや、でも、アスナ、若干顔色が」
「悪くない!!平気だし!!!」
 ――いや、いつもの威厳はどこに置いてきたんさ、というツッコミは心の中にしまうことにした。よし、やるぞ!!と自らの名誉挽回のためにアスナが奮い立っているのだから、ここに水を差すのは野暮というものだと思ったし、何よりもこんなアスナが可愛らしいと思ったのだから、
「やるぞ!!!ラビ!!!」
「はいはーい」



「よし、ペアは決まったな」
 アスナは辺りを見回していった。とりあえず、自分のペアがラビであったことには本当に感謝する。(くじに細工なんて決してしていない。してないからな)
 ラビがアスナ〜とへらっとした笑顔で寄ってくるのを見ながら、よし、と再度ルールなどの確認をする。今日はこのために科学班も帰らせて、何人か有志を募って驚かせ役も用意した。これでいいか?とラビに確認すると、十分すぎるさ〜と言っていた。
「んじゃあ、順番に出発していってくれ」
 ラビとアスナの順番は5番目。大体最初の方にあたったのは救いだろうか、と思ったがその考えはアスナの中からすぐになくなった。絶叫と悲鳴が、教団中に響き渡ったから、だ。その位置も大体アスナであれば、わかる。びくん、と肩が震えて、ラビの服をつかんだ。
「アスナ?」
「な、なんでもない。お前が怖がってるだろうと思ってな」
「そっか〜」
 ――かわいいなぁ。
 ラビはそう思いながら破顔した。自分たちの前のペアが出発しているのにも関わらず、アスナはラビの服の裾をつかんだままだ。出発だぞー、とリーバー班長(徹夜明け)に促されて、ラビとアスナは歩き出した。


 ライトはアスナが日頃から使っている炎の球体である。ぱっと見こちらの方が鬼火のように見えて恐ろしいのだろうが、アスナはこっちでいい、とリーバー班長から手渡されたライトを受け取らなかったのだ。一応念のために、とラビが持ってはいるものの、今のところ、そのライトは使用されていなかった。
「……」
「……」
 こつこつ、と静寂の教団内を、ラビとアスナが歩いていく。二人の間には珍しく会話などなく、ラビはただ、アスナの少し前を歩き、アスナはその後ろでラビの服をつかんだまま歩いている。わずかにその手が震えているが、ラビは黙って前だけを見ていた。
「……ラビ」
「んー?」
「……何でもない」
 アスナはそういって、きゅう、と服をつかむ力を強める。ああ、こわいんだなー、と思いながらラビは少し前を歩き続ける。徐々に進んでいくにつれて、アスナの表情が強張っていくのが、わかる。ラビは苦笑しながら、そろそろ素直になればいいのに、と思う。
 アスナはだんだんと服ではなく、ラビの腕をつかむ様に近づいてきている。
「アスナ、痛いさ」
「う……」
「怖いんさ?」
「……うう」
「クロちゃんのところは平気だったのに」
「だ、だって、あれは!!」
 アスナは今にも泣きだしそうな顔をしている。ラビはその頭を撫でて、優しく額にキスをした。
「皆に見られたくなかったんさ?別にかわいいと思うけど」
「お、俺は中元帥だし、皇帝だぞ!?こんな、弱い姿……」
「でも、俺には見せていいんさね」
 ちゅ、ちゅ、と啄む様にラビは額に、頬に、鼻に、瞼に、とキスをする。くすぐったそうに身を震わせるアスナの瞳は既に涙の膜が張っており、ちょっとした拍子に落ちてきそうだった。
「お、お前は……俺の、番、だろう……?」
 ――俺の全てを知っていてほしかった。
 小さく、アスナが呟く。白い肌を髪と同じ赤に染めて、うつむきながら。
(ああ、もう、なんてかわいいんさ!!)
 ラビは憚ることなく、アスナを抱きしめる。そのあと、やっぱり怖い……と泣きじゃくるアスナを何とかなだめすかして、ちゅ、ちゅ、と額や頬にキスをしながら宥めて歩き出した。

 ――ちなみに、アスナとラビを脅かす役はなぜか現れなかったらしい。


ALICE+