貴方がまれた日に感謝を


「ラビ」

 アスナに呼び止められて、ラビは足を止めた。教団内の廊下、珍しいな、と思ったがアスナに呼び止められたことが嬉しくて、何さ?と笑顔で彼女の元へ走り寄っていく。
「いや、特段の用はなかったんだ」
「……珍しいさね?」
「そうか?」
 アスナは少し曖昧に笑いながら煙管を手に取った。
「俺にだってそういうときもあるさ」
 そういいながら、ラビの手を取った。グローブに包まれていて、手の感触はあいにくとわからないが、手を握られているということだけでラビはアスナが今、何を考えているのか察しようとしていた。
 ラビは静かにアスナの顔を伺い見るが、表情に特段の変化はない。
「飯を食いに行くんだろう?俺も行くよ」
 アスナはそういって、ラビの手を引いて歩き出した。何事もない、なんでもない、いつものアスナだ。ただ、少し違うのはどこか寂しそうな、でも嬉しそうな顔をしているくらいで。
「アスナ、本当に何でもないんさ?」
 ラビは少しばかり不安になった。もし、そんな表情をさせているのなら自分だとするなら、きっとラビは自分を許せない。アスナは歩いていた足を止めて、なんでもないよ、と再び言った。煙管から、甘い香りがする。
「ただ、――いや、後で話す」
 中途半端に話は打ち切られて、アスナはそれ以降、この手の会話には耳を傾けてはくれなかったし、何も教えてはくれなかった。
 何でもないの一点張りで、夜まで来てしまった。任務がなくて本当によかったと、ラビは思っていたのだが、あいにくとアスナの仕事は夕方までに終わりそうになかった。終わらないから、先に部屋に行っていてくれ、とアスナに言われたのは既に2時間も前の話で、そろそろ日付が変わろうとしているではないか。
(さすがに、遅いんじゃね?)
 様子でも見て来ようか、と思って読んでいた本から顔を上げると、部屋の明かりが一斉についた。何事だ、と思ってみると、入り口のところにアスナが立っているではないか。
「気づかなかったか?」
「……びっくりしたさ」
「だろうな。本に夢中だった」
 アスナはそういいながら、ラビの座っているソファに自らも腰かけて、そして、ラビに甘えるように肩へ頭を預けると、目を瞑った。
「誕生日おめでとう」
 アスナは静かに言った。
 心の底から嬉しそうに、肩から頭を離して、ゆっくりとラビの膝に上がると、その頭を抱え込んで、ゆっくりと撫でた。
 ラビは困惑しながらも、ああ、と日付が変わったばかりのそれを確認する。柔らかなアスナの体に包まれ、いつも感じる煙管から出る煙の香りを感じて、ラビはゆっくりとその体に身を預けて、目を瞑った。
「祝ってくれるんさ?」
「心配するな、皆でパーティーを企画してる」
「そうじゃなくて」
 と、ラビはアスナの手を導いた。そして、その手の甲にキスを落とす。
「アスナがほしいさ」
「……だと思ったよ」
 もちろん、そちらは既にお前のものだ――
 女帝の強い瞳が、ラビを射抜いた。ぞくり、と背中をかける感覚に、ラビはアスナをソファの上に押し倒した。
「まったく、ベッドじゃだめか?」
「まずはここがいいさ。そしたら、フロで、そのあとがベッドで」
「……まあ、好きにするといいさ。今日1日、俺はお前の好きにされてやるよ」
 アスナは蠱惑的に微笑むとラビに身をゆだねる。


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