を取って


 面倒だな、と指でつまんだ手紙をぽい、と重厚な造り木のワークデスクに投げ捨てて、ふぅとため息をついた。紅い髪は高い位置で二つのくくられている。赤い瞳がパチパチと瞬いて、長い睫が揺れる。アスナは一つため息をついて、机から手を離し、豪奢な造りの椅子に腰かけて目を閉じた。どうしたものかな、と悩んでいると外からノックが聞こえてくる。どうぞ、と一つ呟けば、ロックが外れてドアが開く。この部屋のセキュリティは部屋の中にいる主の、アスナの声がなければロックが開かない仕組みになっているし、もしアスナ以外に入れるとしてもオールセキュリティを通れるテツとレンだけだが、テツは基本的にノックして、ロックを解除させているのが常だから、恐らくはテツだと踏んでいた。ドアが開いて中に入ってきたのは、テツだった。書類の束を手に持ったテツはアスナの様子を見て、何か察したようにしながら近くにやってきた。そして、机の上に放り投げられている手紙を手に取って、差出人を見た。
「パーティーの誘いか」
「そう。どうしようかな」
「顔くらいは出しておいたらどうだ。こういうのは顔を広めておいた方がいいと思うが」
 テツのいうことはもっともなのだけれど、とアスナは恨めしくテツの顔を見た。テツはその様子も気にせず、手紙の封を開けて中身を確認する。やはり、パーティーの誘いだ。若くして雀ヶ森財閥を束ねるアスナにはこういった連絡が少ないわけではないのはわかっていたし、多くの商談を抱えるその身だからこそ、顔を広めておく必要性がある。正論をつきつけたが、アスナが気乗りしない理由など、テツにもよくわかっている。頬を膨らませて、どうにか断れないかな、と呟いているアスナを見る。面倒だ、という気持ちもあるだろうが、パーティーに行けばまだ若いということもあってか、色々な人間に声を掛けられる。何かには、アスナを下卑た目で、見る輩だっていないわけではない。そういった奴らほど、躱すのが面倒だったりするのだろう。アスナの気持ちを汲み取れば、断ればいいといいたいのだが、アスナも断れないことをよくわかっている。
「テツもついてきてよ〜」
 デスクに肘をついて、アスナは冗談も交じっているのだろう口調で言ってきた。俺を巻き込むなよ、といって手紙をデスクに戻し、頭を撫でる。むー、とふくれっ面のアスナはテツを見上げてにらみつける。
「俺が他の男たちに囲まれても、テツは気にしないんだ」
「ダメだな」
 即答だった。冗談のつもりだった発言だが、テツの真剣そうな表情に、真剣な声がそれが事実だと教えてくれていた。アスナは目を見開いて、呆然とテツを見つめていたが、テツは頭から手を離す。そして、少しアスナから視線を逸らした。
「普段ですら、あまり内心穏やかではないんだ。だから、ついていく」
「あ、は、はい……お願いします」
「どうしたんだ、急に敬語で」
 訝しむ様にテツはアスナを見る。顔が真っ赤だ。あまり嫉妬をしないとでも思われているのだろうか。そんなことはない。表情や口に出さないだけで、日頃から誰かに囲まれているアスナを見るのは、あまりいい気がしない。純粋にFFのメンバーを仲間として認識しているアスナにとっては、彼らと話すことは楽しいことなのかもしれない。しかし、その中に何人、アスナに恋をして、邪な思いを持っている奴がいると思っているのだろうか。我ながら、嫉妬深いと、何度思ったことか。双子の弟であるはずの、レンですらアスナを独占していればいい気分ではないというのに。そういうところが天然なのだろう。
「当日はスーツでいいのか?」
「え、あ、うん。シンプルなのでいいよ」
「助かる」
 あまりゴテゴテとしたのは好きではないんだ、というとだよね、とアスナが少し笑った。それじゃあ、と書類を置いてテツは部屋から出ていった。部屋のドアが閉まって、アスナははぁ、と息を吐き出してデスクに突っ伏した。あんなテツ初めて見た、と顔に熱が集まってくるのを感じながら、テツの表情を思い出した。あんまり嫉妬しない人だと、確かに思っていた。誰と話していても、それを止めるような真似はしなかったし、むしろ、もっと他の奴と話して来いと、言われたこともある。あんなふうに思ってくれていたことがアスナにはうれしかった。急に喉の奥が乾くような感覚がして、アスナは電話のボタンを押した。一度のコールの後、執事であるアイリの声が聞こえてきた。どうかいたしましたか、と聞こえてきたアイリの冷静な声に、少し心が静まるかとも思ったが、そうもいかなかったらしい。少し上ずった声で、冷たい飲み物持ってきてよ、という。アイリから一瞬の間が開いて、かしこまりました、と返事が帰ってきた。訝しまれたかな、と思いつつもアスナは電話を切って、再び突っ伏した。
「何、着て行こう」
 きっと、落ち着いたスーツでかっこよく決めてくれるだろうテツの姿を思い浮かべて、アスナはアイリが来たら、ドレスのカタログもらわなきゃ、といつになく心をウキウキさせていた。

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