ハニーミルクティー


「テツー、テツー」

 それまで本を読んでいたアスナが退屈そうに自分の名前を呼んでいるのが耳に入って、テツは漸く書類から顔を上げた。ソファの上で、体を寝ころばせて、足をばたつかせて、暇だとアピールするアスナが視線に入って、テツは顔を顰めた。
「何だ」
「あまーい、ミルクティが飲みたいー」
「自分で淹れればいいだろう」
 再び書類へ視線を戻しながら、テツはそう突き放すように答えれば、アスナが不満げに頬を膨らませたのが、見なくてもわかった。テツが淹れたのが、飲みたいの。と不機嫌な声が聞こえてくるが、今はそれにかまっている暇はなかった。
 控えている商談の書類を処理してしまわなければならないのは、同じように仕事しているアスナがよく分かっているはずだが、いつの間にか仕事を終えてしまったらしい彼女はここで本を読んでおり、そして、暇だとアピールまでしてくるとは……つくづく有能であることは察することができるが、しかしながら、もう少しこちらの都合も考えてほしいものだ、とテツはため息をついた。
「甘いのー」
「……ミルクティか。砂糖じゃなくて蜂蜜、か?」
「うんっ。今日はすっごく甘いのがいいの!」
 少し話に付き合ってみれば、アスナが目を輝かせた。淹れてくれるのかな、と期待しているのが、とてもよくわかる。そのうれしそうな顔といったら、ついつい甘やかしてしまいそうになり、うむ、と自制するために書類へ向き直る。
 そんなテツの様子を見て、やっぱり淹れてくれないのか、と口を尖らせたアスナはぷーい、とテツから顔を逸らした。また、ソファに寝転がると、アスナはぱたぱたと足を動かしながら、完全に不貞腐れた様子で、雑誌をめくり始めている。どうやら、これは機嫌を直すには相当大変そうだな、とテツは思いながらも、書類をめくる。
「少し待て」
 書類へ目を向けたままそういうと、アスナの顔が跳ね上がるように持ち上がった。見えてはいないが、きっと、その紅い瞳はとても、きらきら輝いていることだろう。ああ、それだけで、少しやる気が上がるのだから、単純な男だな、俺は、とため息をつく。
すると、靴音が響いて、アスナが近づいてきたのがわかる。ふと、視線をずらせば、アスナの顔がドアップで映る。
 ――ちゅ、
 唇に触れた、柔らかい唇の感触と、少し照れた様子のアスナの顔。さらさらと、頬にあたる癖のある紅い髪の感触に、アスナが何をしたのかわかった。嬉しそうに幸せそうに目を細めたアスナが上機嫌に笑っている。
「これで、待ってる!」
「……それだけで、いいのか?」
「え?」
 ぐい、と引き寄せて、もう一度唇に触れる。一瞬ではわからなかった、甘い感覚。アスナをつかむために、書類を落としてしまったが、まあ、後で拾えばいいか、と思いつつ、アスナとキスをする。しばし、唇を重ねた後離すと、顔を真っ赤にしたアスナが目に入って、ついつい笑ってしまった。
「て、テツ…っ、あ、え、ええと…っ」
「もう少しで終わる。そうしたら、ミルクティも淹れてやるし、お前にも構ってやるから」
「……大人しく待ってます…っ!!」
 ソファへ慌てて戻っていくと、アスナはソファで顔を抑えながら、丸くなってしまう。それを少し楽しげに眺めて、少し寂しがりやな恋人に構うためにテツは書類へ向きなおした。


title by 傾いだ空

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