少しだけ手を伸ばせば、触れられるのに
ドキドキ、
ワクワク、
「これでいいかな、ねえ、それともこっちがいいかな。テツはどっちが好みかな?」
弾み切った声。緩む頬。逸る心臓の音に急かされる様に、アスナはクローゼットの服をかわるがわる手に取っては、自分の体に当ててみる。後ろでは「どれも姉さんには似合ってますよ」と困ったように笑っている双子の弟のレンがそろそろ退屈です、といわんばかりに雑誌を投げだしていた。
明日に控えた恋人テツとのデート。レンはレンで急用が入ってしまって、確実に邪魔されないとわかってしまっては声が弾まないわけがない。下手をすれば、そのままお泊りだってしてもいいかもしれない、なんて頭の中で考えて、テツはどんな女の子が好みなのかな、どういう風な服を着たら喜んでもらえるかな、なんて考えて、嬉しくなってしまって、ドキドキしてしまう。
俺だって、女の子だもの。
少しくらい恋するドキドキをしてもいいよね。
早く、明日にならないかなぁ。
* * *
「……似合ってるな」
「本当っ!?」
似合ってる、といわれれば舞い上がって、頭を撫でられて、嬉しくなって。ああもう、恋心ってめんどくさいな、と思うけれど、嫌いじゃない。アスナは嬉しそうにはにかんで、テツの隣を歩きはじめる。隣に立つテツはヒールを履いても追いつけないくらい背が高いから、見上げないと見えなくて、その横顔すらかっこよく見えるのは、きっと恋してるせいだ。
「さて、今日はどこを見ていく?服屋、カードショップ……他には?」
「えっと、そうだなぁ」
出かける、といっていたのに特に予定を考えてなくて、ただ、テツといられるだけで幸せで、舞い上がってしまいそうで。というか、もう舞い上がってるか、と思いながら、歩く。ちらり、と視線を動かせば、テツの手が目に入った。
(手、繋ぎたいなぁ)
でも、どことなく言い出せなくて、言い淀んでいると、テツの視線がアスナへ向いた。見られていることを察して、顔を上げて笑って見せると、テツは何も言わずにアスナに手を差し出した。
「え」
「手、繋がないのか?いつも、あれほどうるさい癖に」
「え、ええっと……つ、繋ぐ……」
武骨な手に、自分の手を添えてアスナは心臓が急にうるさくなったような気分になった。こんなに自分の心臓ってうるさかったかな、と思いながらも、アスナは顔が紅くなるのを抑えきれずに、うつむいた。ああ、まずいな、きっと、顔真っ赤だ。自分の頭上で、くす、と笑った声が聞こえて、顔を上げると、テツが笑っている。
「な、なんで笑うの!?」
「いや……お前にも可愛らしいところがあったんだな、と思っただけだ。うん、たまには悪くないな。いつもは、俺が乱されてばかりだからな」
少しうれしそうにしながら、そういうテツに引き寄せられて、今日のデートはどうやら自分は主導権は握れないと悟った。