冷たいガラスが全ての熱を奪っていくように
――あいつがいなくなった。
突然、ふとその姿を消したあいつは何の連絡もなく。どこにいるのかも、何をしているのかも、誰かと一緒にいるのかも、はたまた誘拐されたのかもわからない。突然、ぽかり、と穴が開いてしまったかのように突然姿を消してしまった。喧嘩した記憶もなければ、いなくなる前日だって、あいつはいつも通りだったはずだ。いつも通り、生徒会長の仕事をこなし、フーファイターの仕事をこなし、俺のところへやってきて甘えるそぶりを見せたり……――ああ、そういえば、誰かに会っていたような、そんな気もするがそれが誰だったかはわからない。確かに、そのあと、戻ってきたあいつの顔が妙に考え込む様なものだったのだけは、よく覚えている。
「レン、アスナはどうしたんだ」
ここ数日、連絡がない旨をレンに伝えた。フーファイターの業務のほとんどをアスナに丸投げしていたレンの事だ、さぞや困り果てていることだろうと思った。しかし、レンは落ち着いて、そうですね、と困ったように笑いながらも、姉が処理した書類を眺めて、仕事、終わらせて行ったみたいですね、といった。
「レン」
「大丈夫ですよ、テツ」
確信を持っていうレンの目に、俺は押し黙った。俺にわからないことが少なからず、この双子の間では分かり合っているということが多々あった。昔からそうだ。肝心なところで、俺はアスナに踏み込むことすらできない。レンはそれ以上、俺には何も伝えなかった。恐らく、伝えられない何かがあるのだろう。それだけ分かれば十分、とは思わなかったが、それ以上聞いても何も答えないことだけはわかっていた。
アスナがいなくなったフーファイター本部はひどく静かになった気がする。もちろん、それが錯覚であることは十分わかっている。なぜなら、フーファイター本部には100人を超えるファイターたちが常に行きかっているのだから、静かになるはずがない。錯覚だ。それでも、妙に周りが静かになったような気になって、ため息が零れる。アスナがいない分の仕事は、自分でこなさなければならない、というため息ももちろんあるのだが、それ以上に、アスナがいないことに空白を感じる自分に、呆れてため息をついた。
部屋に入ると、やはりそこにアスナはいない。
いつも、窓ガラスから街を眺めては、楽しそうに笑っていたアスナの姿がちらついて、その笑顔が見たくなって、窓ガラスに近づいた。いつも、この窓ガラスから、彼女は何を見ていたのだろうか。ごつん、と寄りかかるように額を窓ガラスにつけた。冷えたガラスに、少し熱くなりかけていたような気がする頭が妙に冷静になっていくような気がした。
「早く帰って来い。馬鹿が」
* * *
――呼ばれたような、気がした。
聖宮に入ってからじっと眺め続けていたアイチから初めて視線を逸らした先、その先は暗闇ばかりが続いているではないか。彼がいた、あの窓ガラスの先はいつでも広い世界が広がっていて、眺めているだけで楽しかったのに。それでも、ここに来ると決めたのは自分だからそれはそれでいいのだけれど。
「テツ」
ふらりと後ろの柱に寄り掛かる。冷たい石の感覚。
少しだけ、強がってみるけれど、やっぱり、貴方が恋しくてたまらなくて。
こんな石の冷たさではなくて、貴方の暖かさがいい。