シュガーキス


「てーつ!」

 ぼふ、と後ろから抱きついてきた、というよりも突撃してきた重さに、テツは少しばかりよろめいたが持ちこたえた。見るまでもない、こんなことをしてくるのはフーファイターの中でも一人しかいない。
「……アスナ、今、俺は忙しいんだが」
「知ってる」
 語尾にハートマークでもついていそうなくらい上機嫌なアスナは背中に抱き着いたまま動こうとしない。可愛らしい恋人がじゃれてきていると、思えば多少は可愛らしく見えるものの、福原高校の制服のままのアスナはじゃれるようにして、テツの背中にすり寄っては腕の力を少しばかり強めた。
「テツが見えたから突撃しちゃった」
「そうやって、生徒会のメンバーを困らせるのは大概にしろ。お前も、レンも、もう少し自分の立場に自覚を持ってだな……」
 説教を始めるテツを特段意に介さず、アスナは背中から腕を離してそっと距離を置いて、テツと向き直った。その間も説教が続いているのだが、完全に右から左だ。気に留める必要などない。テツの言い分も分からなくもないが、アスナはレンと違ってやるべきことはちゃんとやっている。その上で、周りを振り回すこともあるかもしれないが、レンに比べたら微々たるものだ(と本人は思っている)
 ごそごそ、とポケットからぬいぐるみを一つ取り出すと、ぷちゅ、とテツの唇に押し当てた。
「!?」
 テツはびっくりした。いわゆるパンダのぬいぐるみが自分の口元に押し当てられたのだ。何事か、と目を見開いていると、アスナはおもむろにそのぬいぐるみを自分の唇に押し当てて、笑った。
「うばっちゃったー」
 少し照れながら、パンダで口元を隠す。
「ね、知ってる?今日って、キスの日なんだって」
 アスナは少し上目づかいに、そういうと、今度は自分の唇で、テツの頬に触れた。
「じゃ、俺、もう少しお仕事頑張って来るからー」
 終わったら、お話ししようね。とアスナは走って、テツの傍からいなくなった。衆目を集めている自覚はある。視線が突き刺さるように痛い。ついでに耳も頬も熱い。
「あれ、テツ、こんなところで立ちすくんで、何してるんですかー?後、書類、床に散らばってますよー?」
 レンが通りかかって声を掛けてくれるまで、テツの意識が戻って来ることは無かった。レンに言われ、あわてて書類を拾い直すと、ヴァンガードファイト部の部活の為にふーファイターの施設の方へ足を進めた。
(……どうやって、仕返しをしてやろうか)
 あんな風にされて、黙っているなんて正直なところ出来ない。アスナを照れさせるような手で――と考えながら、エレベーターで降りて行くのだった。

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