気まぐれネコの取扱い説明書


 気まぐれな猫のような奴だ、と新庄テツはその人物の事を話す時に困ったように笑いながら言った。その笑顔からは呆れと、しかしながらそれを認めているような雰囲気が滲んでおり、認めていてもそれに振り回されているのは事実なのだろう、その言葉の後に盛大なため息を続けた。
「レンとは別の意味で気まぐれで――そうだな、本当にネコみたいだぞ」
 自分が構ってほしい時くらいしか来ないし、いつもフラフラと一定の場所にとどまってないんだ。いや、とどまっていられないんだろうな。と話しながらテツは書類へ目を通した。その言葉尻からは「仕事をしてほしい」という願望もにじみ出ている気がするが、彼女は実際仕事をしてからいなくなることが多いようで、強く出られないみたいだった。
「それに寒い場所が嫌いだ。探すなら、日向を探した方がいいぞ」
 人がいる場所の方が好きかもしれない。誰も居ないことを寂しがる奴だから、と少し心配そうな顔をしてテツは続けた。気まぐれだが、たいていいるところは決まっている、と話す彼はあまり彼女がいなくなることについて不安には思っていないらしい。
「最近ならカードキャピタルでも行ってみると良い。まあ、迎えに行くと機嫌が悪くなるが」
 出迎えるなら、途中の道の方がいい。迎えに行くと怒るくせに、出迎えが完全にないといじけてしまうやつなんだ。――寂しがり屋だからな。
「ああ、後、レンと似てることだけは常々口にしてやってくれ」
 双子の弟が心底大事なんだ。弟と似てるって言われると少し安心するみたいだから、レンを話題に出せば、沈黙に困るってことは無いと思うぞ。
 テツはそう言いながら、コーヒーに手を伸ばした。
「後、アスナはコーヒー派じゃなくて、紅茶派だ。ちょっと疲れてる時ははちみつたっぷりのミルクティー。はちみつはお気に入りのじゃないと怒るから、気を付けてくれ」
 そこに缶が並んでるから、という場所は彼のデスクの近くだ。ここでいつも飲んでいるのだろう。テツははぁ、と気まぐれやわがままに付き合わされていることを思い出したのか、再び盛大にため息をついて、しかし、何処か愛おしそうに微笑むと、くすり、と笑った。
「暗い場所は大嫌いだからな。……すごく騒ぐぞ」
 普段からは想像できないくらいには。と笑いながら、テツは時計を確認して、もうこんな時間か、と立ち上がった。時刻は15時近く。彼はさて、と言いながら、終わった書類をまとめるとエレベーターに向って歩き出した。
「じゃあ、俺は出迎えに行ってくる」
 行かないと、いじけるからな。


* * *




「テーツー!」
 テツの腕の中に飛び込んできたのは赤い髪を二つにまとめた少女だ。
「……? どうしたの? 笑って」
「いや。何でもない。……紅茶、いるか?」
「うん、飲む。あ、えっとね」
「はちみつ、たっぷり。だろ?」
「そうそう!」
 はしゃぐように笑った顔はやはり、フーファイターのトップによく似ていた。
 ほら、離れろ、歩けないぞ、と促されて、両頬を膨らませた少女は、テツの腕を掴んでじゃあ、こうすると言う。

「まったく、困った猫だな」
「え、誰が猫?」

 自覚がないのか、とあきれたように言いながら、テツはその頭を撫でて歩き出した。

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